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タイトル 日 時
「モツニ、自らを語る(その3)」
先日、12月15日、体調不良のため王子の生協病院に検査入院したところ、末期の胃がんである旨を宣告されました。別に、驚くこともなく、失望することもなく、絶望することもなく、その事実をそのまま受け入れています。それにしても、末期の胃がんであることを察知するまで、その事実にまったく気づかなかったモツニとしては実に不覚であったことは否めませんが、これもまたある意味で運命ではないでしょうか! 現在、この瞬間、痛みと、吐き気の両方を堪えながらこの文章を書いているため、なかなかまともな文章になっていと思います... ...続きを見る

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2005/12/28 12:56
『回想T』 《自問自答》
八 自問自答 ...続きを見る

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2005/12/11 23:02
『回想T』 《離別への決意》
七 離別への決意 ...続きを見る

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2005/12/11 10:55
『回想T』 《なつかしい人々》
六 なつかしい人々 ...続きを見る

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2005/12/09 10:57
『回想T』 《世界認識》
五 世界認識 ...続きを見る

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2005/12/08 09:37
『回想T』 《変化の兆し》:後半
       ……………… ...続きを見る

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2005/12/07 10:48
『回想T』 《変化の兆し》:前半
四 変化の兆し ...続きを見る

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2005/12/06 08:24
『回想T』 《出会い》:後半
             ………… 「依田くん、君は《存在》について考えたことある?」と部屋へ入るなりこう訊いてきた。 「いや、別にそんな真剣に考えたことなんかないよ」と誠一は軽く返事をした。 「じゃあ、《-存在》と《+存在》についても考えたことなんかないね」と再度質問してきた。 「何ですか、その《-存在》と《+存在》というのは?」と誠一はこの不思議な青年に質問の主旨を問い直した。 「いや、別に深い意味はないんだが、そういったことを知っているかどうかちょっとだけ訊いてみただけなんだ。物... ...続きを見る

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2005/12/05 10:28
『回想T』 《出会い》:前半
三 出会い ...続きを見る

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2005/12/04 02:47
『回想T』 《魂の食事》
二 魂の食事 ...続きを見る

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2005/12/03 14:43
『回想T』 《存在の奥義》:後半
                     ………… 少年はずうっと老人のことばを聞いていたが、やがて静かにこう質問し直した。 「おじいさん、人間はどこから来て、どこへ行くの?」 「息子よ! お前はなかなかもの分かり早いのう。じゃが、先ほどの質問はどうしたのじゃ? もう、その質問はいいのか。 自分で答えるのが厭になったのか?」 「ううん、違うよ。さっきの質問はね、最初の質問と同じでちょっとからかってみたかったんだ。だから、どうでもいい質問だったの。けれどね、今度の質問はね、二年前田舎でお父... ...続きを見る

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2005/12/03 06:01
『回想T』 《存在の奥義》:前半
第一章 『回想T』 ...続きを見る

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2005/12/02 08:28
『回想T』 《目次一覧》
『異常なる感性』 ...続きを見る

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2005/12/01 09:41
『モツニ自らを語る(その2)』
本来、この一連の『哲学日記』の正式なログインコードは”msaicc”なのですが、たまたま”モツニ”というペンネームがコード名に定着してしまいました。その理由は、例の『価値なき神の哲学日記』との出会いによるものです。つまり、あの『…なき神の哲学日記』の著者との遣り取りの経緯(いきさつ)の関係で、《なんでもかんでも一緒くたににした思想…といったような意味合いで”モツニ”、”モツの煮込み”というようなことが言われ、結局、モツの煮込み風の哲学である…というような意味で、モツニ哲学、モツニ哲学者というよう... ...続きを見る

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2005/11/30 09:48
『哲学日記』の今後の予定
ウェブリブ『哲学日記』のお客様へ: ...続きを見る

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2005/11/27 19:08
『饗宴』 《無信仰の信仰》
十六 無信仰の信仰 ...続きを見る

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2005/11/26 08:38
『饗宴』 《逆説の書》:後半
「で、ヘラクレイトスの《諸対立物の調節的機能の法則》というのがそれで、ちょうど《振り子》のように、一切の《価値あるもの》はいつかその《反対物》すなわち《価値のないもの》に転ずる…というのがその主旨なんです」             ………… 「ふーん」 「つまり、どんな《価値》でも必然的に《反価値》に転化する…という法則なんです。例えば、イエスの教えにしても、当初は純粋な《信仰》に裏付けされていましたが、だんだん時代が経つにつれすっかり《変貌》してしまい、今では霊的な《価値》などすっかり薄... ...続きを見る

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2005/11/25 06:43
『饗宴』 《逆説の書》:前半
十五 逆説の書 ...続きを見る

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2005/11/25 04:08
『饗宴』 《賢者の道》:後半
「つまり、それほどまでに《ユダヤ・キリスト教的(=グローバリズム的、=偽善的、=帝國主義的、=資本主義的…)》な発想というのは人間の《欲(=物欲、=金銭欲、=名誉欲、=権力欲、=支配欲、=性欲…)》に囚われやすい《発想》でもあるんです!」                ………… 「そうなんですか?」 「で、話しを戻しますが、とにかく、多くの人間が《人工知能》を作ろうと大騒ぎしています」 「そうですね」 「でも、みんな《屑》のようなものばかりしか作れないのが現状なんです」 「どうしてな... ...続きを見る

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2005/11/24 09:54
『饗宴』 《賢者の道》:前半
十四 賢者の道 ...続きを見る

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2005/11/24 03:42
『饗宴』 《人生の特異点》:その4
「要するに、《人生の特異点》とは《逆説両義的》な《構造》を持った非常に不思議な《ブラックホール》だって言うんですね」と大森さんはにこやかに誠一に答えた。 「そう! 《人生の特異点》そのものが極めて《両義的》あるいは《トリプル的》な《義逆説》そのものなんです。で、ぼくの言葉でいうと《逆説の王様》シリーズというのがあるんですが、知りたい?」と誠一は大森さんに訊いた。 「ええ、面白そうですね」と言って大森さんは興味を示した。 「じゃあ、いいですね。これなんですけど…」と誠一は二人に《図式》を示し... ...続きを見る

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2005/11/23 08:25
『饗宴』 《人生の特異点》:その3
「ですから、この《人生の特異点》というのは、それでいてどのような《不条理》な《運命》にあっても、それでも人間は《善》と《悪》のいずれかを《選び》とらなければならない…という驚くべき《図式》でもあるわけですね…」と誠一は二人に滔々と説明している。            …………… 「といいますと?」 「つまり、責任の一部は人間の側にある…という、ある意味で非常に厳しい《図式》になっていますが、同時に、自分で《善》あるいは《悪》を選べる…という《自由》が与えられている《図式》でもあるわけです」... ...続きを見る

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2005/11/23 07:16
『饗宴』 《人生の特異点》:その2
「で、この《人生の特異点》とはプラスとマイナスの両面を備えたいわゆる《逆説的》な《両義性》、つまり《逆説両義性(=棋士の両義性)》なんです。             ………… 「もっと具体的に説明してもらえる?」 「どういうことかと言うと、《人生の特異点》を通して《悟り》とか《信仰》など、より《練られた》人生へと《飛躍(=非ゼロ)》できるケースがひとつあります」 「はい」 「また、《反逆》、《絶望》、《発狂》、《自殺》などに発展する不幸なケース、つまり《逆非ゼロ》とでも言いましょうか、... ...続きを見る

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2005/11/23 05:58
『饗宴』 《人生の特異点》:その1
十三 人生の特異点 ...続きを見る

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2005/11/23 04:30
『饗宴』 《逆説としての隣人愛》:後半
「おい、おい、依田くん! ちょっとオーバーじゃないの…」と新藤くんは茶化すが、誠一はかまわず続ける。                ………… 「じゃあ《家庭内問題児》の説明に入ります…」と、少し間をおいてから、誠一は一気に喋りまくった。 「とにかく、ぼくにとって《父親》は《気の毒な人…》というイメージが定着していました。でも、それは子供の《感受性》からいっても、無意識の《心理学》の立場からいっても、あるいは《内的生活史》の立場からいっても、その他どのような理由からでも説明がつくんです。要す... ...続きを見る

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2005/11/23 02:16
『饗宴』 《逆説としての隣人愛》:前半
十二 逆説としての隣人愛 ...続きを見る

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2005/11/23 01:57
『饗宴』 《家庭内問題児》:後半
「依田さん、やはりあなたは変わっていますよ」と大森さんはあらためてこの誠一の異常なる感性について思うところができたような様子であった。 「まあ、それはそれとして、つぎに《母親》の《イメージ(=原風景)》について自分が持っていたのは、なんと《無(=空、=虚空)》といったイメージなんです」 「な、な、何ですって! 自分の実の《母親》のイメージが《無》だなんて、とても信じられませんよ!いったいどういうことなんですか?」と流石の大森さんも仰天ぎみで、非常に複雑な表情を顔にはっきり現した。 「つまり... ...続きを見る

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2005/11/20 23:45
『饗宴』 《家庭内問題児》:前半
十一 家庭内問題児 ...続きを見る

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2005/11/20 21:16
『饗宴』 《隣人愛は嘘だ!》:後半
「とにかく、一般に《ぼく》の場合、自分に都合がいい場合に限り、しかもタイミングがいい場合に限って《善い行い》が可能である…という非常に《怪しい》規準になっているのですが、そのときの《ぼく》の場合がまさしくそうだったんです! で、あのときに限り、隣の中年の《婦人》に先を越されてしまった…という訳。要するに、言いたかったことは、《老人》に席を《譲る》、《譲らない》といった非常に《小さな》問題一つとってみても、いろいろな《要素》が実に複雑に絡んでいて、とてもとても常識だけじゃ絶対に説明なんかできないっ... ...続きを見る

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2005/11/20 16:05
『饗宴』 《隣人愛は嘘だ!》:前半
十 隣人愛は嘘だ! ...続きを見る

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2005/11/20 12:30
『饗宴』 《価値の内面性》:その4
「つまり、世間のひとが《お金》や《名誉》で《外面的》なことがらの《優劣》を計るのと同じように、ぼくのこの《非ゼロ》と《非在》という二つの概念は、人間の《内面性》の成熟度の《度合い》を計る重要な概念としたいのです」 「なるほど」 「しかも、面白いことにこの二つの概念には《権力》や《富》や《名誉》、《名声》といったものが増せば増すほど《内面性》が貧弱になってゆく…という、《エントロピーの法則》にも似たような、アインシュタインの《相対性の理論》なんて嗤っちゃうくらい凄い《調整の法則》、つまり《エネ... ...続きを見る

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2005/11/19 08:44
『饗宴』 《価値の内面性》:その3
「さっき、《棋士の両義性》の説明で、《一般論》、《内的主観論》それに《外的主観論》の三つの《視点》を検討しましたよね」 「ええ!」 「で、いいですか! イエスとか釈尊の場合の《価値(=非ゼロ)》というのは、その本質上《一般論》的に論じるものではなく、イエスあるいは釈尊のことを《自分(=非ゼロ)》はどのように《主観的(=非ゼロ)》思っているのか…、あるいは《自分(=非ゼロ)》はどのように《評価(=非ゼロ的評価、=主観的評価、=主体的評価、=内面的評価、=個人的評価、=個別的評価、=特異的評価…... ...続きを見る

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2005/11/18 10:30
『饗宴』 《価値の内面性》:その2
「要するに、《非在》と《非在》とを比較しても《無意味》なんですね」と相槌を打った。               ……… 「まあ、そういうことです」と言って誠一は二人の顔を伺ったが、 「ところで、ここまでは大丈夫だと思うんですが、さっきのところ、つまり《自分のしていることが、自分に降り掛かる……》というところの意味を説明してくれませんか?」と言って大森さんはいつものように自分が納得しないところは必ず質問してきた。 「まあ、差し障りがあるから名前は言いませんが、例えば芸能界で名前が売れている... ...続きを見る

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2005/11/18 09:00
『饗宴』 《価値の内面性》:その1
九 価値の内面性 ...続きを見る

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2005/11/18 05:44
『饗宴』 《棋士の両義性》:その3
「ここにも、新藤くんとぼくの対称的な関係がわかると思うのです。つまり、新藤くんのことばで言えば、彼がプラス(+)悪魔、ぼくがマイナス(-)悪魔というわけなんです」                   ……… 「まあ、それはそれとして、この私という不思議な存在が《棋士》という《両義的な》存在を考慮した場合どのような図式になるのだろうか…というのが《外的主観論》なんです。いいですか?」と誠一は二人に念を入れた。 「はい」 「やはり、ここでも《内的主観論》の場合と同じように《虚》と《実》の両方... ...続きを見る

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2005/11/17 09:22
『饗宴』 《棋士の両義性》:その2
「つぎに、《内的主観論》の場合ですが、《一般論》と違ってここでの分析は特定の棋士、例えばぼくの大好きなあの《闘魂の棋士》つまりあの《ベンツの棋士》ですが、その棋士に焦点を当てているのです」 「どういうこと?」 「つまり、具体的な一人の人間としての棋士を焦点に当てて、その棋士が自分自身をどのように《両義的に》評価しているか…ということを論じているのです」 「よくわかりません」 「要するに、この場合、最も重要なことは《世間》でも、《私》でも、その他誰でもなく、あの《闘魂の棋士》自身が決定的に... ...続きを見る

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2005/11/17 06:08
『饗宴』 《棋士の両義性》:その1
八 棋士の両義性 ...続きを見る

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2005/11/17 04:08
『饗宴』 《虚実型両義性》:後半
「ところで、話は変わりますが世の中、精密なイミテーションで溢れていますが、そのうち冗談抜きで《食べるもの》、《着るもの》、《見るもの》すべてが《コピー製品》になってしまうかもしれませんよ…」と言って誠一はあらためて二人に促がした。 「ええ、その可能性は十分ありますね」 「で、それだけでなく、ひょっとして《虚》と《実》の立場が《逆転》してしまうことだって十分考えられるんですが、このことどう思います?」と言って、誠一はひと息ついた。 「うーん! 例えば具体的にどういうことが考えられます?」と大... ...続きを見る

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2005/11/16 07:18
『饗宴』 《虚実型両義性》:前半
七 虚実型両義性 ...続きを見る

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2005/11/15 09:00
『饗宴』 《非在型両義性》:その3
「じゃあ、説明するね」と言って誠一はこう続けた。 「まず、一番上の《実》と《虚》の部分ですが、この《実》に意味は《俳優》、《選手》それに《作家》のそれぞれが個々の《実在》の人物であること、すなわち《非ゼロ》であるということを示しているに過ぎません」 「ええ、わかります」 「つまり、《作家》、《選手》、《俳優》であることが《人間》であること、すなわち《非ゼロ》的な存在を扱っていることを意味しているだけで、本質的に重要なことは《虚》の部分の《作品》、あるいはスポーツで展開される諸々の《ドラマ》... ...続きを見る

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2005/11/13 22:19
『饗宴』 《非在型両義性》:その2
「まあ一杯、……、実に面白い……」と言って新藤くんは独特のどんぐり目を細くして悦んだ。                 …………  店内は佳境に入っていて、やきとりの焼ける匂いがあたり一面に充満していた。また、いそがしく働き廻る店員たちにはこの三人の存在はまったく目に入らない様子であった。いずれにしても下町の安い居酒屋特有のなんて表現していいかわからないが《妙》に《自信》に満ちたような、《悟った》ような、《開き直った…》ような、《納得した…》ような、《納得しない…》ような《不思議》な《力強さ... ...続きを見る

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2005/11/13 20:34
『饗宴』 《非在型両義性》:その1
六 非在型両義性 ...続きを見る

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2005/11/13 18:07
『饗宴』 《関係と実体》:その4
             ………… 「なあーんだ、自分で否定しておきながら、今度は最大級に褒めているんじゃないか。いったいどうなってんの?」と新藤くんは相変わらずつまらないことにこだわっている。 「いやいや、《将棋》そのものは《非在》かもしれませんが、その《非在》が恐ろしく《素晴らしい人材》、《素晴らしい一連のひとびと》を生み出しているというそのこともまた事実なんですよ」と誠一。 「そうですね」と大森さんは誠一の趣旨がだんだん呑み込めてきた。 「で、将棋界の人材についてはいつか研究する《... ...続きを見る

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2005/11/13 13:43
『饗宴』 《関係と実体》:その3
              ……… 「それにしても、将棋の《名人位》というものの《価値》をこれほどまでに高めているものはいったい何なのでしょうね?」と大森さんが言ったので、誠一はこう続けた。 「実は、前に述べた《価値の関係性》というひとつの《虚構》の現われなのです」 「と言いますと」 「《流行》やその時々の《人気》や《イメージ》あるいは《ブランド性》などと同じで《将棋》という《文化》も一つの《幻想》、一つの《虚構》そのものなのです」 「それでは《将棋》そのものが《虚構》なんですか?」と... ...続きを見る

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2005/11/13 11:35
『饗宴』 《関係と実体》:その2
「ははあ! 《非在悪魔》ですか。なるほどそうですか。そのうち《非ゼロ》天使なんていう変わった人種を持ち出して来るんですよ、きっと。新藤さん、騙されないようにしなきゃね」と言って二人は笑った。 「まあ、まあ、二人とも落ち着いてください。これから《ハルマゲドン》が始まるわけではありませんから…」 「そもそも、《名人》や《T大生》であることに絶対的な《価値》があるわけでなく、《価値》の《恣意性》と《関係性》によってたまたまそのように《過大》に評価されているに過ぎないって言っているだけです。きついこ... ...続きを見る

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2005/11/13 09:59
『饗宴』 《関係と実体》:その1
五 関係と実体 ...続きを見る

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2005/11/13 08:16
『饗宴』 《価値の関係性》:後半
「そうですか。そういうことだったんですか」 「聖書のあの箇所を読んでいて、たまたまサマリア人の《非ゼロ性》とレビ人や祭司の《非在性》に気づいたんです」 「といいますと?」 「もっと詳しく言えば、《非在》と《非ゼロ》の《非対称性》に気づいたんです!」 「どういうこと?」 「物理の世界では原子核の《スピン》の問題のように非常に複雑な問題がありますが、人間の精神現象にも《スピン》の問題のように《非対称性》という複雑な概念が当てはまることに気づいたんです」 「《非対称性》ですか」 「わたし... ...続きを見る

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2005/11/12 10:38
『饗宴』 《価値の関係性》:前半
四 価値の関係性 ...続きを見る

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2005/11/12 09:11
『饗宴』 《恣意性と差異性》:後半
「まあ、大森さん、この《聖書》っていう書物はおもしろいんですよ、例えばこういう《言葉》もあるんですが………」 「あれ、なんだっけ?」 「ああ! そう、そう、サマリア人の話から《箴言》に脱線しちゃったんだ! いや、申し訳ない。さて話をBMIに戻しますが、この会社は徹底的に秘密主義を貫き、他の会社の追従を完全に締め出そうと世界で最も複雑な暗号システムを構築したり、コンパチ・メーカー(=類似のコンピュータを作る会社)が絶対に追従できないようソフトウエアの中に特別な仕掛けを組み込んだり、機械の内部仕... ...続きを見る

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2005/11/11 08:07
『饗宴』 《恣意性と差異性》:前半
三  恣意性と差異性 ...続きを見る

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2005/11/11 03:09
『饗宴』 《目立たない存在》
二 目立たない存在 ...続きを見る

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2005/11/10 03:43
『饗宴』 《目次一覧》
-------------- 『饗宴』 目次一覧 -------------- 一 隣人愛は可能か?前半 一 隣人愛は可能か?後半 二 目立たない存在 三 恣意性と差異性 前半 三 恣意性と差異性 後半 四 価値の関係性 前半 四 価値の関係性 後半 五 関係と実体 その1 五 関係と実体 その2 五 関係と実体 その3 五 関係と実体 その4 六 非在型両義性 その1 六 非在型両義性 その2 六 非在型両義性 その3 七 虚実型両義性 前半 七 虚実型両... ...続きを見る

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2005/11/09 09:54
『饗宴』 《隣人愛は可能か?》:後半
なにしろ、《うつ病》も経験しているし、《逆説》や《両義性》についていくらか知っているからね…」 「そうですか」 「けれど、ぼくに言わせれば依田くんもまだまだ分かっていないね……。まあ、それでもぼくの話をよく訊いてくれるから一応許してあげるけれどね」と言って、新藤くんはゆっくりビールを飲み干した。 「大森さん、あなた、このことをいったいどう思います? つまり、《うつ病者》と《分裂病者》とが精神の病気と教会への批判を契機とし、教会を舞台あるいは裏舞台に、《宗教》、《哲学》、《芸術》などの話題を... ...続きを見る

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2005/11/09 09:42
『饗宴』 《隣人愛は可能か?》:前半
『異常なる感性』 ...続きを見る

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2005/11/09 04:11
『Ωの輝き』 《解説(その2)》
この作品が全体のごく一部であることは、《解説(その1)》で説明しました。ここでは、文学的、思想的にこの作品について、著者の立場で解説させていただきます。 ...続きを見る

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2005/11/07 23:07
『饗宴』 公開のお知らせ (目次一覧)
 ウェブリブ文学ファンの皆様、本格小説『異常なる感性』の第二章、”饗宴”をリリースする予定です。原稿はすでに出来上っているのですが、データが駄目になってしまったので、原稿からネットに打ち込みながら公開しますので、1日1節のペースで公開する予定です。 ...続きを見る

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2005/11/07 08:16
『Ωの輝き』 《解説(その1)》
文学ファンの皆さん、はじめまして。今回、思いきって『Ωの輝き』をリリースさせて頂きました。この作品はもちろん”単品”でも十分楽しめるよう設計されておりますが、この作品がどのような作品なのか、そのことを簡単にご説明いたします。 ...続きを見る

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2005/11/06 07:37
『Ωの輝き』 《遠ざかる風景》
 十五  遠ざかる風景 ...続きを見る

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2005/11/05 00:55
『Ωの輝き』 《土産 --とき--》
十四 土産    ---とき--- ...続きを見る

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2005/11/05 00:46
『Ωの輝き』 《遊園地(その4)》
 十三 遊園地 ---その4--- ...続きを見る

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2005/11/05 00:37
『Ωの輝き』 《遊園地(その3)》
 十二 遊園地  ---その3--- ...続きを見る

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2005/11/05 00:28
『Ωの輝き』 《遊園地(その2)》
 十一 遊園地  ---その2--- ...続きを見る

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2005/11/05 00:19
『Ωの輝き』 《遊園地(その1)》
十 遊園地   ---その1--- ...続きを見る

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2005/11/05 00:09
『Ωの輝き』 《託宣》
 九 託宣 ...続きを見る

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2005/11/05 00:00
『Ωの輝き』 《学校(その5)》
 八  学校  ---その5--- ...続きを見る

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2005/11/04 23:36
『Ωの輝き』 《学校(その4)》
  七 学校 ---その4--- ...続きを見る

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2005/11/04 23:25
『Ωの輝き』 《学校(その3)》
  六  学校 ---その3--- ...続きを見る

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2005/11/04 23:16
『Ωの輝き』 《学校(その2)》
五 学校 ---その2--- ...続きを見る

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2005/11/04 23:06
『Ωの輝き』 《学校(その1)》
  四 学校   ----その1--- ...続きを見る

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2005/11/04 22:57
『Ωの輝き』 《病院(その2)》
三 病院  ---その2--- ...続きを見る

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2005/11/04 22:35
『Ωの輝き』 《病院(その1)》
 二 病院    ---その1--- ...続きを見る

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2005/11/04 22:24
『Ωの輝き』 《栄光に輝く人々》
一 栄光に輝く人々 ...続きを見る

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2005/11/04 22:12
『Ωの輝き』 《奇妙な対話》
『 Ω の 輝 き』            ----- 死後の世界について ---- ...続きを見る

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2005/11/04 21:53
『Ωの輝き』 目次一覧
『Ωの輝き』 目次一覧 ...続きを見る

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2005/11/04 21:16
『信のたわむれ』 《あとがき》
                あ と が き ...続きを見る

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2005/11/04 09:27
『信のたわむれ』 《さようなら》
第六章 さようなら ...続きを見る

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2005/11/04 07:06
『信のたわむれ』 《現代の科学者たち》
三 現代の科学者たち ...続きを見る

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2005/11/04 05:28
『産経新聞はアホや』 (つづき)
「産経新聞はアホや>もう購読止めるぞ!!」について ...続きを見る

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2005/11/02 22:23
『信のたわむれ』 《デカルト批判の批判》
二 デカルト批判の批判 ...続きを見る

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2005/11/02 08:20
『信のたわむれ』 《丸山圭三郎》
第五章 衰弱する言語 ...続きを見る

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2005/11/01 22:33
「産経新聞はアホや>もう購読止めるぞ!!」について
「産経新聞はアホや>もう購読止めるぞ!!」について ...続きを見る

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2005/11/01 02:24
『信のたわむれ』 《非ロゴス空間》:後半
さて、第三章で説明した通り、《ロゴス空間(=キリスト教空間)》の《イエス》が《窓口(=入り口)》だとすると、この《非ロゴス空間(=仏教空間)》の《悟り》の領域はひとつの《到達点(=出発点)》であると例えることができる。くどいようだが、仏教がキリスト教より優れているとか、その逆だということは全く無意味である。この論文そのものがそもそもそのような立場に最初から立脚していないのである。それに、私自身この《空間》へは到達したことがないし、到達できる見込みさえもっていないことを白状しておく。ただ、自分がそ... ...続きを見る

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2005/10/30 11:23
『信のたわむれ』 《非ロゴス空間》:前半
三 非ロゴス空間 ...続きを見る

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2005/10/30 09:02
『信のたわむれ』 《反ロゴス空間》:後半
 さて、《ロゴス空間》では《ロゴス性(=神の存在)》の《絶対性》がゲーデルの不完全性定理のようなスタイルで否定されたように、この《反ロゴス空間》でも《幻想の過去》あるいは《幻想の未来》は否定されなければならない。好む好まざるに拘わらず、われわれは現在われわれに与えられた問題をわれわれの《問題》として取り組んでゆくしかない。そのようなやっかいな《問題》が絡む諸々の《分野》はまえにあげたように非常に《広く》かつ《深い》のである。このような《領域》、《分野》をすべてひとりでカバーすることなど殆ど不可能... ...続きを見る

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2005/10/29 19:58
『信のたわむれ』 《反ロゴス空間》:前半
二 反ロゴス空間(=物質空間) ...続きを見る

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2005/10/29 18:34
『信のたわむれ』 《ロゴス空間》:後半
b アメリカ 対 日本 ...続きを見る

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2005/10/28 08:43
『信のたわむれ』 《ロゴス空間》:前半
第四章 ロゴス空間・反ロゴス空間・非ロゴス空間 ...続きを見る

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2005/10/28 02:30
『信のたわむれ』 《ものの世界》:後半
 《物質空間(=唯物論空間)》は《ことば空間(=キリスト教空間)》から必然的に生み出される《空間》なのである。それは《神》に絶望した…とか、《キリスト教》に幻滅を感じたから…というようなことではない。そうではなく、《ロゴス(=概念、=理念、=理論、=理(ことわり)など)》を徹底的に追求したその《極限》として《不条理(=カオス、=矛盾、=パラドクス、=逆説、=原爆、=アウシュビッツ、=オウム真理教、=9・11、=イラク戦争、その他)》が必然的に現われるのである。ちょうどゲーデルがあの有名な《不完全... ...続きを見る

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2005/10/27 05:09
『信のたわむれ』 《ものの世界》:前半
三 ものの世界(=史的唯物論の世界) ...続きを見る

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2005/10/27 02:15
『信のたわむれ』 《こころの世界》
二 こころの世界(=仏教世界) ...続きを見る

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2005/10/26 02:38
『信のたわむれ』 《ことばの世界》
第三章 ことば・こころ・もの ...続きを見る

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2005/10/25 06:06
『信のたわむれ』 《分裂病者と天才》
三 分裂病者と天才 ...続きを見る

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2005/10/23 17:13
『信のたわむれ』 《分裂病者と覚者》:後半
「どういうこと?」と青年はあらためて老人の顔を覗いた。 ...続きを見る

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2005/10/23 11:40
『信のたわむれ』 《分裂病者と覚者》:前半
二 分裂病者と覚者 ...続きを見る

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2005/10/23 11:16
『信のたわむれ』 《分裂病者とキリスト教者》
第二章 分裂病者との対話 ...続きを見る

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2005/10/23 05:56
『信のたわむれ』 《幻想としての宗教》 後半
   時間が《永遠》なものであると直感した子供の私にとって、つぎに興味があったのは《自分がどこからきてどこへゆくのか…》という毎度おなじみの問題、つまり《死》ではなく、《死後》の問題であった。また、自分の姉が精神薄弱者であったため6才以降ずうっと《精神病》とは何か…ということを問いつづけたきた。そのような理由で、私は子供のときからずうっと哲学をしてきた人間なのである。 ...続きを見る

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2005/10/22 09:30
『信のたわむれ』 《幻想としての宗教》 前半
五 幻想としての宗教 ...続きを見る

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2005/10/22 07:35
『信のたわむれ』 《信じること と 喰うこと》 後半
 さて、有神論と無神論との本格的な議論に入るまえにもう一度今までの議論で確認されたいくつかの注意点について振り返ってみたいと思う。まず、《悟りの沈黙》と《無知の沈黙》が根本的に異なる…という点が指摘されたが、ここでは、さらにその《注》そのものに対する《注》が必要であるということである。 ...続きを見る

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2005/10/21 22:52
『信のたわむれ』 《信じること と 喰うこと》 前半
四 信じること と 喰うこと ...続きを見る

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2005/10/21 20:47
『信のたわむれ』 《覚の徹底化》
三 覚の徹底化 ...続きを見る

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2005/10/21 05:16
『信のたわむれ』 《情熱のウロボロス》
二 情熱のウロボロス ...続きを見る

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2005/10/21 03:00
『信のたわむれ』 《語ること》と《沈黙すること》
第一章 対話すること ...続きを見る

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2005/10/20 09:22
『信のたわむれ』 もくじ一覧
   『信のたわむれ』 ...続きを見る

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2005/10/20 08:31
『モツニ哲学者、自らを語る(その1)』
拝啓 ウェブリの『哲学日記』の読者の皆様へ: ...続きを見る

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2005/10/19 08:44
「佐藤優のいう知識人」について
「佐藤優のいう知識人」について ここに出てきている、彼の〈知識人〉という概念は、運動をひき起こす理論を備えたアジテーター、といったものになろうか。もちろん、彼の〈知識人〉概念が、これだけに限定されるのかどうかは不明であるが。単なる理論家というより、もう一歩踏み込んだ、行動をひき起こす理論を教唆する存在が、佐藤のいう知識人で、これは、新しい存在であるという。 -----(以上引用↑)---- ...続きを見る

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2005/10/17 20:15
『インターネットで見た光景』 目次一覧
『インターネットで見た光景』 目次一覧  ...続きを見る

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2005/10/17 10:52
「「価値なき神」の哲学日記 bP7」について
「「価値なき神」の哲学日記 bP7」について 阪神大震災、火が迫ってきているのを知って死んだ人 at 2004 03/30 11:36 編集 次に何を書こうかと、過去の日記(No:136-63p)を開いているところですが、今から9年前の1995年=平成7年と言えば、阪神大震災が起きた年なんですね。私の哲学では、「この世の一切が神の創作」 になりますから、阪神大震災も神の創作です。しかも、「神は戦場で飛び交う弾... ...続きを見る

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2005/10/05 23:45
「哲学日記」(By msaicc)の読者へのお知らせ
これまで、このブログではこの私の新規ブログの開設メッセージを公開することなく、ただ『拝啓 小学生の皆さんへ』のシリーズ、および『「価値なき神」の哲学日記』に対するブーメランコメントのみを展開しているブログ・サイトである印象を与えているかと思いますが、ここで、この”ウェブリ”における「哲学日記」と他のブログに於ける「哲学日記」との全体関係を述べさせていただきます。 ...続きを見る

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2005/10/03 10:57
「もう女、要らん」について
「もう女、要らん」について > 昨夕、カラオケバスツアーから帰ってきて、いま目覚めてパソコンに向かったところです。このCafeに書いた文の校正が、去年(2004年)9月に入っているのですが、9月に書いたものもスッバラシイ。読み返して自分自身、感動の連続、もう女、要らん。 ...続きを見る

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2005/10/02 17:56
「「価値なき神」の哲学日記 bR」について
「「価値なき神」の哲学日記 bR」について ● 基本引用: それから最後の三つ目は、今から19年前、私50歳のときに、この世界観の根本のところが閃いて以来ずっと毎日、思索しつずけ、比較的細かい部分を補充したり、あるいは、その後に起こった出来事について、この世界観が当てはまるかどうかを考えたりしてきた。それらのことは、全部、日記に記録してある。その詳細な記録・・・具体的な経過の記録が、この哲学に多少なりとも、人を納得させる力を持つものと思っている。 ● 引用1:厳密な支配; 神による、我々... ...続きを見る

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2005/10/02 09:13
「「価値なき神」の哲学日記 bQ09」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ09」について。 ...続きを見る

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2005/10/02 07:26
「「価値なき神」の哲学日記 bQ」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ」について ...続きを見る

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2005/10/01 21:45
「「価値なき神」の哲学日記 bR6」について
「「価値なき神」の哲学日記 bR6」について 神の問題提起主義、また全因果過程のこと (at 2004 05/22 14:43 編集)  いま我々の世界で起きている、人間どうしの殺し合いとか、深刻な環境問題、人口爆発、エイズ、サーズ、鳥インフルエンザetc・・・をみて、我々人間の世界は、あといくらももたないと感じておられる方にちょくちょく出会いますが、私の哲学には、ごらんのように、そんな心配な言葉は一言も出てこない。  このかけがえのない宇宙、我々を生み、はぐくみ、我々生きとし生けるもの... ...続きを見る

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2005/10/01 09:22
ライブドア「哲学日記について
始めまして。 つい最近、エキサイト・ブログへ登録させていただきました。まだ、本格的なブログ活動は展開しておりませんが、同様の内容についてこのライブドア・ブログでも並行して展開させていただきたく新たに登録させていただきました。 ...続きを見る

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2005/10/01 02:57
「「価値なき神」の哲学日記 bP」について
「「価値なき神」の哲学日記 bP」について  01・17 記  価値なき神さま katinakikamiというのは、of course means 価値なき神さまのことね。この革命的世界観は、50年後ぐらいに完成する予定。 ...続きを見る

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2005/09/29 10:41
「ダーウィンの自然科学ですら発表するや誹謗中傷の嵐」について
「ダーウィンの自然科学ですら発表するや誹謗中傷の嵐」について 何か良い出会いか、または世の中の大事変でも起きてくれればいいんだが… ...続きを見る

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2005/09/29 02:56
「「価値なき神」の哲学日記」について
「「価値なき神」の哲学日記」について アウシュビッツやテロがあるからこそ、この世は合理的で、みんな公平。 全ての人の一生は、快と苦が等量(プラスマイナスゼロの意)、すなわち、無価値。神が我々の世界を厳密に支配している。神は合理的な神。仏心、鬼心あわせもつ神。 -------(引用↑)------- これがいわゆる”価値なき神”の定義ですね。 ...続きを見る

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2005/09/27 10:11
「「価値なき神」の哲学日記 bQ06」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ06」について 100年後のこととなると…… 何といっても、西洋文明は、もうたいがいキリスト教という、もはや時代の間尺に合わないものに凝り固まっている状態から一歩前進しなければならないのに、先生には、この西洋文明が抱えている負の面についての意識がない。100年後には、人類の先端部分の人たちの世界観、生きる指針は、拝んだら助けてくれる神様ではなくてですね、この世が合理的に出来ていることに気づいた、深遠にして緻密な世界観になっている筈である。 ...続きを見る

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2005/09/27 01:08
「お経の「色即是空」のところだけにシビレテしまった坊さん」について
「お経の「色即是空」のところだけにシビレテしまった坊さん」について 彼には仏教の難しい教義はほとんど解らなかったが、ただ一つ、「色即是空、空即是色」というところだけは、身にしみた。 ...続きを見る

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2005/09/26 19:19
「「価値なき神」の哲学日記 bQ39」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ39」について 2005年06月22日  私も、愛ちゃんや若貴のように子供の頃の環境が恵まれていただろうか? ...続きを見る

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2005/09/26 06:20
『一即一切』
2005.09.22 孤独があるからこそ、人は・・・  「価値なき神」の哲学日記 bR5               人を芳醇な酔い心地にさせ、心を揺さぶるには                          at 2004 05/19 07:44 編集 ...続きを見る

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2005/09/22 22:00
「「価値なき神」の哲学日記 bQ40」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ40」について ”第一、ネットに書いただけで、芥川賞をもらえるという話は聞いていない。時代が変わってくれないかな。” ...続きを見る

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2005/09/22 01:36
「「価値なき神」の哲学日記 bP82」について
「「価値なき神」の哲学日記 bP82」について 『悪魔の宗教としてのキリスト教』という概念: 現在、平均的アメリカ人が懐いているキリスト教の概念はニーチェおよびキルケゴール、ハイデッガーが鋭く洞察しているように、微笑(ほほえみ)のニヒリズム以外の何物でもありません! 要するに、純粋な”偽善”そのものなのです。したがって、そのような水準の信仰では間違い無く”地獄”に落ちるのが”おち”というものです。このことの詳細については別のタイミングで展開するつもりです。 ...続きを見る

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2005/09/20 04:26
ブログにおける自己言及現象について
そもそもブログをはじめたのが今年の8月中旬です。つまり、やっと1ヶ月が経過しただけです。したがってまだまだわからないことだらけではあります。しかし、いろいろな方のブログに入ることによってこれまでの世界の見方がかなり変わってきたことも事実であります。 ...続きを見る

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2005/09/17 09:55
 『価値なき神の哲学日記 bQ47』について:(日本人再考)
”テロは犯罪ではなく新しいタイプの戦争である!” ...続きを見る

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2005/09/16 22:36
「価値なき神」の哲学日記 bQ49」について
「「価値なき神」の哲学日記 bQ49」について はじめましてkatinakikamiさん。 ...続きを見る

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2005/09/14 10:15

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