哲学日記

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zoom RSS モツニ、弟との最後の会話(その1)

<<   作成日時 : 2006/05/21 01:00   >>

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1月21日(土)大雪
(モツニ)だいたい予想してた事だけど、今までが奇跡的に元気だった。だけどここ数日、本来の末期癌患者の平均的な衰えを感じて、あっ、これはもうだめだな・・・ べつに悲観はしてませんけどね・・・
(弟)セカンドオピニオンがどうのって話はどうなったの?
(モツニ)甘いんだよね。人間って自分の都合のいい様に思いたいじゃないの…。でもね、お蔭様で希望している事はほとんど全部してもらえたから、言い残す事はないよね。
(弟)もう悟ってるね。
(モツニ)うん、悟ってる。と言うか、死ぬって言う事は小学校から中学校にかけて理解でき、対応できていたと思う。自分で言うのもなんだけどその頃には既に哲学者だったと思うよ。
(弟)哲学者、文学者、プログラマー、AI研究開発者、、メインはどれなの?
(モツニ)文学者でありたいと願っていたけど、実際この人生を閉じるにあたってAI学者になってしまった。
・・・・・・
(モツニ)人それぞれの独自の宗教を持てばいいんじゃないの。死後の世界があると思う人にはあっていいし、それで終わりでいいと思う人はそれで終わりでいいし、神様がいるという人はそれでいいし、いないという人はそれでいいんじゃないですか?人間は所詮人間だから、死後の世界は解らないというのが、いいんじゃないですか?   死ぬと言う事と生きるという事は独立していないのですよ。よく生きた人はよく死ねるんです。よく生きなくて、よく死のうとしても許してくれない。ヒューザーの社長やホリエモンとかは、よく生きていないから末路はみじめになるのです。モツニに限らず普通の人はそれなりにベストを尽くして生きればよく死ねるんです。
(弟)ニューギニアの裸族の人々は文明社会は知らないけど、彼らなりに幸せに生きて幸せに死んでいる。今の日本みたいに、みんながみんな物欲を追求してそれを得られないで死んでいくよりは彼らの方がよほど人間らしいのじゃないですかと誰かが言っていたね。
(モツニ)今、勝組・負組って収入とかステータスとか表面的に区分けしているけど、本当の勝組っていうのは命を閉じる時に「あーよかった、自分の人生はこれで良かった」と言う人が勝組で、どんなに富を貯めようが、どんなに名声をたてようが「私の人生は何だったのかな?」という形で死んでいく人は負組ですよね。
(弟)モツニはやるだけの事はやったので安らかに逝けるね。
(モツニ)だから、いつもにこやかでいられる。人生を生きていて、ひとつひとつの人生行路において、精一杯やってる人はそうゆう境地になれる。自分自身に誠実に、自分自身に正直に生きた人は自分を誉めてやりたいということが可能。自分から見て納得できる自分であれば、それは素晴らしいよね。

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コメント(31件)

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これは1月21日(土)東京に大雪が降った日に病室でモツニと弟が会話した録音テープからその一部を文字にしたものです。多少の編集はしてありますが、会話のニアンスは出てると思います。この時は言葉もしっかりしていました。
モツニの弟
2006/05/21 01:09
1月22日(日)19時40分頃
瑞光(まだ義円ではなかつた) 具合はどう?
モツニ            つらいから話かけないでくれ!
 これが最後の会話でした。
新モツニ
2006/05/21 06:38
☆う〜ん☆
四苦八苦の「生」新モツニ様、どの様に、解釈なさっているのでしょうか。「五蘊増苦」の、洛ちゃんでした。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/21 20:13
△幸せ△
お初です。洛南院大法螺噴大居士と30年程前、レポート交換した仲です。
アメリカインディアンは「自然」「幸福」と言う単語持っていなかった。
そこに、食いッパぐれた外人が来た。彼らに対し、玉蜀黍の栽培を教え、彼らを餓えから救った。その行為は「自然」であった。然るに、彼らは先住民に対し、「自然」「幸福」という概念を教えた。
市川お地蔵
2006/05/22 02:06
人間は欲があり思った通りいかないから苦しいのだとおもいます。私が得度受戒(嘘をつきませんetc)したのは、いままで嘘つきだったのがこれからは嘘をつきません、という意味ではなく、いままで嘘つきではなかったが、これからも嘘をつきませんと云う意味です。アルコールについても同じ意味です。いままで嘘つきではなかったということは私の訴状にも嘘はないということです。だから裁判に負ける筈が無いとおもっていました。私の今の最大の苦しみは詐欺師が捕まらずにいてインチキお見合いパーティー会社(ビーネット)にお金を騙し取られる現実が継続中であり、それを阻止することが出来ないでいるということです。判事がものを見る目があると思いこんでいたのが私の間違いでした。刑事、検事、国民生活センター、民主党の議員先生、弁護士、etc今のところ誰もクソの役に立っていない。生きることは苦だらけです。死ぬことが怖いですか?生死の解脱できましたか?人間は1秒間に生死生死〜生〜死〜生〜を10回から100回ぐらいは繰り返しているのです。固定した変わらない自分が有る(居る)と思うのが間違ったものの見方だそうです。義円 拝
新モツニ
2006/05/22 03:47
人間は言葉を持つようになってから不幸、苦、悩むようになった。悩んでいる、苦るしい、不幸だ、、、全部頭の中での妄想だ。グチャグチャ考えずに1秒1秒幸せに生き、決断し、実行していきたいものです。小次郎(同居の雄猫)は不幸感、苦しみ、悩みはないようだ。義円 拝
新モツニ
2006/05/22 04:07
幸福という言葉は無いほうがいい。なぜならばこの言葉がなければ不幸という言葉が生まれないからです。幸福なネコには幸福という言葉はないようです。義円 拝
新モツニ
2006/05/22 04:21
岐阜駅から上之保行きバスがありますが、美濃太田駅までならお迎えにまいります。義円 拝
新モツニ
2006/05/22 05:52
義円は職業僧侶ではありません。ただの運転手です。でもこれからは、職業僧侶(アルバイト僧侶?)も少しやろうかなあと考えています。拝
新モツニ
2006/05/22 06:01
人間の身体はナイフ、ライター、火、お金、などと同じで、ただの道具と考えたらよいと思います。心が主(あるじ)で身体は僕(しもべ)だと思います。
新モツニ
2006/05/22 06:32
☆美濃太田☆
了解。(感謝!)公案の回答見て、ゲシュタルト崩壊を思い出した。いい意味と悪い意味で使われます。いい意味は、原因追求型でなく、問題解決型の行動を取る所、悪い意味は、原因に拘り、先に行こうとしない崩壊です。なんとなく、この公案、後者の意味のニュアンス濃い。(と思う)所で、「生」の解釈ですが、拙は、「我々が人生を問うのではなく、人生に問われているのだ」(V・Eフランクル)と、解釈します。
新モツニ様と会う事を、楽しみにしている、洛ちゃんでした。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/22 06:53
義円は座る座禅は好きではありません。静禅より動禅、、つまり行動禅のほうが好きです。じっとしている暇は無い感じかな?読経も毎日義務的なのは嫌いです。単なる怠け心か?大きい声を出すのは好きです。昨年8月日暮里に住む玉川スミさんに瑞光(当時)の弾き語りを聴いてもらいました。言葉をはっきりと発声するようにと言われました。ギターはうまいと言われました。玉川スミさん(テレビにも時時出る芸人、得度を受けているので僧侶でもいらっしゃる)の隣に永山緑芳さん(ペギー葉山さんの友人)が住んでいました。古賀記念館の中のレリーフ、ペギーさん、バーンスタイン、、など多数を全て製作したギタリスト小野寺武男さんがギターアンサンブルアルモニコスに入れはいれと言います。でも坊さんがギターをいつしよう懸命やってもしかたがないのです。本当は歌、楽器演奏、踊りなどは禁止(僧侶は)まのです。そんな暇はない筈だということでしょう。6月14日午後2時より北病院(東十条)にて弾き語りと演奏を慰問として行います。ここは老人ホームに移行するようです。義円 拝
新モツニ
2006/05/23 00:37
☆ギター僧侶☆
善いじゃないですか。ヤリマショウ。禅で一番嫌うのは、「拘る」事かと。臨済も「臨済録」で、「自分が、(一生懸命考えて)良いと思った事はやれよ。常識、人の目なんて物に拘る時間はないぞ」と、言っておりますが。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/23 08:02
力強い声援恐縮です。ところで宗教という言葉はいつごろから使われるようになったかご存知ですか?明治10年代頃ある学者が禅の公案の碧岩録の中に宗教の字を見つけ、これだこれだ、と言って、それから使われるようになったそうです。つい最近の事だとおもいます。OO道、茶道、柔道、神道、やキリストの教えはありましたが、宗教とは言わなかった。宗とは大本の意、教はもちろんおしえです。今の宗教はおおもとの教えではなく、枝葉の、つまり、宗我(宗派の我がまま)のことを宗教と呼んでいるのではないでしょうか?義円 拝
新モツニ
2006/05/24 05:07
☆宗教法人☆
宗教法人○○教と使ってますので、仏教に拘る必要はないかと。
しかし、宗我とは、恐れ入りました。拙は、臨済が言った「釈迦の前にも真理は有り、釈迦の後にも真理が有る」の言葉を支持したく思います。且つ、V・Eフランクルが、無神論、有神論、で、余りにも「低レベル」な話を聞いて、「私が神を定義しよう。貴方の問題で、誠実に、正直にその問題を問う相手を神と言おう。こうすれば、無神論、有神論、関係なくなる。もし、それを「良心」という人が居ればそれでいいじゃないか。神は呼び方を間違えてもお怒りはシナイだろう」で、枝葉の教えを否定するのは如何かと。逆に天台の座主が言ったそうだが、「宗教のデパートあったらな〜」拙、この方凄いと思う。
自分の宗教こそ正しいと言う考え方は、大陸的かな。正義ー悪、明確にしたがる。(その結果律法主義に陥る)
葬式仏教は株式会社にしたら、と思っている洛ちゃんでした。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/24 06:50
お、洛ちゃん得意タルムードですか。ユダヤ人、この律法主義で嫌われている事、5000年たっても、解っていない。その結果、夫婦、親子の喧嘩、裁判沙汰になる。律法が律法を作る、って事(「芝生に入らないで下さい」と立て札あったら、お、芝生に入る奴、居るんだ、と認識し、人の目がなかったら、近道として芝生を通る)解っていない。罪を作れば(認識?)又、次の罪が出てくる。「律法によらなければ私は罪を知らなかったでそう。たとえば、律法が「むさぼるな」と言わなかったら、私は「むさぼり」を知らなかったでしょう」(ローマ7−7)
市川お地蔵
2006/05/24 21:06
臨時ニュースです。この度、商法が改正されました。葬式の時の読経料が全国一律同一料金となりました。大僧正40万権大僧正35万大僧都20万権大僧都15万僧都10万、、、あ!夢か、、ムニャムニャ、、 これじゃ法話プラス戒名料込みでどうか、という感じですかねえ〜。テーラワーダには法階はありません。社長も部長も係長も無いみたいです。心がどれだけきれいかということだけで上下がわかる様です。金額には意味がありません。いい加減に書いただけです。あ!この夢には僧正と権僧正が抜けていますね。ボッタクリ寺のボッタクリ僧侶やろうかなとバカなことを言っているバカな義円でした。はい。
新モツニ
2006/05/25 04:54
釈迦はなるべく戒律を作りたくなかった。しかし、弟子にひねくれ者がいて、戒律に無い悪さをして釈迦を困らせた。しかたなく、釈迦は多くの戒律を作ったそうです。拝
新モツニ
2006/05/25 05:05
☆戒律☆
通常、人間の成長過程は、アイデンティティ(個)→ポリシー→自己哲学(生きざま)となり、「大陸系の人たち」の多くはアイデンティティで終わる。個と個がぶつかる事多い。で、戒律が絶対的に必要となる。しかし、日本の場合は、曖昧(和を以て尊しとすべし)ポリシー→自己哲学、となる。で、「個」を省いていきなりポリシーになる。よって、大陸系の人たちは「何故そんなに自分の国の評判を気にするのか」と不思議がる。その結果。世界で一番好かれる国となる。日本嫌うの、朝鮮人と、中国人のみ。(一時期、全体主義(軍国主義)と言う、「個」性を持った国になった)(その犠牲者が中国、朝鮮ネ)大昔、国と言う概念薄く邑意識が強かったせいかと思う。

洛南院大法螺噴大居士
2006/05/25 07:58
続きです。
戦争の原因はエゴ。と、言う事は、人類が無くなるまで、戦争は続く。
我々が、美的実存を捨てない限り続く。しかし、美的実存から、倫理的実存に移行するには「絶望」が必要。(セーレン・キルゲゴール参照)
マザーテレサは、「自分達の宗教を大切にしなさい」と言った。
お互いを認め合う事から、始めなくては。
マザーに尊敬の念を抱く洛ちゃんでした。
洛南院大法螺大居士
2006/05/25 08:09
☆訂正☆
誤:洛南院大法螺大居士
正:洛南院大法螺噴大居士

ど〜でもいいけど〜〜
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/25 08:17
洛南院様
螺噴とはどのような意味でしょうか?義円 拝
新モツニ
2006/05/26 02:39
☆義円様お答え致します☆
意味は有りません。(キッパリ)
開き直りの洛ちゃんでした。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/26 06:57
☆動禅ですか☆
「道元」思い出しちゃった。彼、干し椎茸買いに来た老僧侶に「何故貴方がこの様な仕事やってるのか」と質問したんですね。
詳しくは、吉田義円様まで。
最近、無責任を見直している洛ちゃんでした。
PS:昔、植木等が、♪金のない奴、俺んとこに来い。俺もないけど心配するな。なんて歌有りましたネ
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/26 20:19
▽同感▽
自分自身に誠実に、自分自身に正直に生きた人(モツニさんからの引用終り)って、凄い事と思う。それがなかなか、出来ないから、神と会話(祈り?)するんだろうな。あ「宝くじ当たらせて下さい」等は神との会話ではないと思う。
市川お地蔵
2006/05/26 22:13
托鉢は立ってじっとしているので、立禅と云います。ニューヨークの禅、もとい、入浴禅が好きだという人が我われの仲間にいます。お風呂の中で座禅をするそうです。
 今月本山へ行く2日前にてんぷらを揚げました。材料はたらの芽(葉っぱも)、桑の葉、どくだみ(漢方で十薬と云う)、雪の下。本山でも同じものが出てきました。(全部ではありません)焼いた鮭を混ぜ込んだ玄米おにぎり(小豆入り)を美味しいと林寺務総長(東海女子大精神科医)が言ってくれた。心山老師も偉い(小豆入り玄米おにぎりを作ったり、てんぷらについてか?)といってくれて、おにぎりを召し上がっていただきました。材料費タダのてんぷらを食べていたらお金が貯まるか?なあ。拝
新モツニ
2006/05/27 06:48
日本から中国へ渡った僧侶が生しいたけを干している僧侶を見て驚いたんですよね〜。確か。
 東京MKタクシーはCIつまりコーポレート アイデンティティがグルグル変わる会社でした。おかげで、私の目も頭もグルグル回りました。就いていけられな〜い。美濃太田のタクシーは60万円も仕事をするのに手取り10数万円とはカワイそうだ。東京なら賞与別で25万円はあるはずです(手取り)。義円 拝
新モツニ
2006/05/27 07:15
☆コラ〜☆
拙は、真面目に、このブログに参加しております。
何が、「〜、確か。」なのだ。(と、怒ったポーズを取る)(今気付いたのだが、坊主、とポーズ、同じ濁点になる)干し椎茸買いに来た人が、なんで、干しているんやねん。(感情的になると関西弁になる。吉本興業は別)
「お若いの、これ、修行と思えへんの」といった様な(商法贋造:参注)気がする。道元、どうも、カッコ付けている様で、読み辛い。
話変わるが、タクシーの運賃が「なんぼの」ものじゃねん。タクシーで儲けたいなら、独立しなはれ。(超一流の経営コンサルタントより)
又、話変わりますが、天麩羅なんて、(黄檗は知らん)昔はなかった(と思う)。(当時の食事のカロリーは)800カロリーで、何故、生きておられるのか「不思議」(人間の一日の基本代謝量は1200カロリーでっせ)義円御上人様、お教え下され。
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/27 15:41
蛋白質を分解してカロリーの方へ回していたのではないでしょうか。タクシーは月24勤務から16勤務に減らしたいと思っています。今1番の目標はみずほBKの百万円の借金を0にすることです。以前はアコムさんプロミスさんetcにお世話になりましたが、今はモビットさん、アットローンさんからも借りは0です。
 夜空に星が輝いています。ある星は10億光年昔にすでに消滅しているかもしれません。大昔に消滅した星の光を今私たちは見ているのです。義円が消滅しても、このコメントは管理者が消さない限り光を失いません。皆さんコメントをどんどん残しましょう。そうすれば、私たちは死んでも、(コメントは)死にません。モツニのブログが残っている(生きている)ように、、。義円 拝
新モツニ
2006/05/28 04:30
◆新モツニ様◆
蛋白質を分解してカロリーの方へ回していたのではないでしょうか(引用終わり)あの〜、140cmの人も、180cmの人も、800カロリーで、共同生活し、飢えで亡くなった事は聞いていません。禅のおかげか、ハタマタ、基礎代謝量を減らす、なんかがあったか、ズート生きていたんですが……
義円が消滅しても、このコメントは管理者が消さない限り光を失いません。皆さんコメントをどんどん残しましょう。そうすれば、私たちは死んでも、(コメントは)死にません。(引用終わり)なんか、恥を残しているみたいで、少々、抵抗有り。逆に一遍上人は何故、死ぬ前に、自分の書いた物、全てを焼いたのでしょうか。(勿体無い)
早く、借金なくなる事、お祈り申し上げます。
借金が無くなりましたら玉龍寺で一杯やりましょう。(γーGTP10台だから問題はないでしょう)
洛南院大法螺噴大居士
2006/05/28 07:24
義円が来月天に召されたら、義円が人類に残した功績は何もないことになります。1字でも多くコメント等残したいと思います。人類に(後世に)何も残さない(よいことを)ことが1番の恥だとおもいます。
 玉龍寺の庫裏は昨年12月全焼しました。預かっていた子供の火遊びが原因でした。問題のある子供を預かって見事に社会複帰させる寺(僧侶)はあまり見かけないとおもいます。もちろんXXO円払えなどとはいいません。出版予定の資料、原稿、袈裟、、、消失しました。
 5月6日の昼食で一升ビンの清酒を老師が出しました。当日の得度者が10人弱いましたので、お祝いだからと言っていました。拝
新モツニ
2006/05/29 02:54

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モツニ、弟との最後の会話(その1) 哲学日記/BIGLOBEウェブリブログ
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