哲学日記

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zoom RSS 『回想T』 《存在の奥義》:後半

<<   作成日時 : 2005/12/03 06:01   >>

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                     …………
少年はずうっと老人のことばを聞いていたが、やがて静かにこう質問し直した。
「おじいさん、人間はどこから来て、どこへ行くの?」
「息子よ! お前はなかなかもの分かり早いのう。じゃが、先ほどの質問はどうしたのじゃ? もう、その質問はいいのか。 自分で答えるのが厭になったのか?」
「ううん、違うよ。さっきの質問はね、最初の質問と同じでちょっとからかってみたかったんだ。だから、どうでもいい質問だったの。けれどね、今度の質問はね、二年前田舎でお父さんの母親のお葬式にいったときからずうっと考えてきたことなの。どうして人間は死んじゃうのかなって? 人間は死んでからどこへいっちゃうのかなって? ずうっと、ずうっと考えてきたの。そして、そしてね、そのときからずうっと死ぬってどんなことか考えようとしてきたの。けれど、そのことを考えるととても怖くなって夜も眠れなくなるときがずうっとあったの。だってなんだか恐ろしいんだもん。なんだか分からないけれど、とっても厭な変な気分になって心臓がどきどきしてくるの。そしてなんだか知らないけれどずごくおそろしい不思議な気持になるの。あっ! そうだ、もうひとつ思い出した。あのお葬式があった後、まもなくまた別のお葬式があったの。それはお父さんのお兄さんが死んだときだけど、やっぱり一緒にお葬式に連れていってもらったの。そして、そのお葬式の帰りの電車に乗っているとき、やっぱり厭な気持になってきたの。ぼくが電車の窓からどんどん後に飛んで行く田圃の景色を見ていたとき、田圃は夕日に染まって菌色に輝いていたの。そして空は夕焼けで黄金色と紫色と橙色で染まっていたの。とっても綺麗だったの。だけど、ぼくは何だか知らないけれど心配で心配でとても恐ろしかったの。そのことは誰にも話さなかったし、誰も死ぬことなんか考えていないようだったから、ぼくもそのことはずっと考えないようにしてきたの。でも、さっきのおじいさんの話を聞いて、怖いけれど考えてみようって思い出したの。ねえ、おじいさん! ぼくが生まれる前、ぼくはどこにいたの? そして、ぼくが死んだ後、ぼくはどこに行くの?」
「なあ、息子や、お前はいくつかな?」
「十才です」
「おお、そうか、そうか。それじゃ、息子よ、お前に訊きたいことがあるのじゃが、よいか、答えてくだされ」と老人は愛情をこめて少年に語りかけた。
「いいよ。でも、ぼくの質問は?」と目をぱっちり開けて、少年は老人に自分の質問も忘れないようにしっかりと釘をさした。
「勿論じゃよ、もちろんじゃ! うん、そうだ、必ず忘れずに答えるからに」とやさしく返事をすると、少年に不思議な質問をしてきた。
「息子よ、お前は今までにいちばん悲しかったことは何だったか思い出してみてくれんかのう」と老人は、小さな岩にゆったりと腰掛けたまま、うれしそうに少年の答えを待った。
「おじいさん、ぼくは生まれてから悲しいことなど一度もなかったよ。ほんとだよ。ぼくんちはとても貧乏だけど、それはほんとうだよ」と少年は臆することなく自分の気持を身躰全体で表現した。
「そうか、そうか。息子よ、それじゃ、苦しいことや厭なことはどうじゃ?」
「どうして、そんなこと聞くの?」と少年は不思議でならなかった。
「まあ、息子や、もう少し待ってくだされ。よいか、わじゃやこのとおり老いぼれ爺じゃ。じゃがのう、まだ自分で言ったことを忘れるほど耄碌してはおらぬ。じゃから、お前の質問にも必ず答えるによって、どうか、いま少しわしの質問に辛抱してくださらんかのう」と少年の気持をなんとか抑えようと、いろいろ弁解しながらこう言った。
「なあ、息子よ! お前は知らんじゃろうが、お前ぐらいの年齢(とし)になるとじゃ、おお! かの大いなる方の御心(みこころ)じゃが、大人が経験するようなすべての《苦しみ》、《悲しみ》、《恐ろしいこと》、《驚くべきこと》、《おぞましきこと》、《忌むべきこと》、《見てはならぬもの…》それらすべてを見てしまう子供たちがおるのじゃ! もちろん、お前のことではない。お前はかの方に守られているによって、たとえ恐怖のどん底にお前が突き落とされても、やがてそこから這い上がってこられるようになっているのじゃが、かの《不幸な子供たち》、《見てはいけないもの…》を見てしまった《子供たち》、つまり、《驚くべきこと》、《憎むべきこと》、ああ!《忌み》、《嫌われ》、《呪われた》ことを見てしまった《子供たち》。 おお! そのような哀れな《子供たち》は、《恐怖》と《驚愕》と《不安》と《混乱》の大渦のなかに巻き込まれ、取り返しのつかないような《こころ》の傷を負ってしまうのじゃ。なぜ! なぜ! なぜなんだ! ってひとは言う。じゃがのう、これは大いなる昔から決まっていることなのじゃが、とにかくそのような《子供たち》の《運命》はほかの子供たちの運命と非常に違ったコースを辿るようになるのじゃ」と老人はゆっくり、静かに少年に語りかけた。
「おじいさん、ぼくなんだか怖くなってきた」と少年は老人の話に凝っと聞き入っていたが、ついに話が不気味な方向へ進んでいることに不安になった。
「ああ、息子よ、大丈夫じゃ。お前は大丈夫によって、それで、かの大いなる方がここにお前を呼び出したんじゃ。いいか、お前は悟りが早い。それにお前はやさしい《こころ》がある。何でもひとの話をよく訊き、誰でも人見知りすることがない。それはとても大事なことじゃ。じゃが皆の話が訊ける人間はそれほど多くはいないものじゃ。よいか、お前は《祝福された魂》なのじゃ。お前は自分では分からんじゃろうが、かの方はお前の《魂》を、《右の世界》、《左の世界》、《上の世界》、《下の世界》、《内の世界》、《外の世界》、《遠くの世界》、《近くの世界》、《連続の世界》、《非連続の世界》、《連結の世界》、《非連結の世界》、《分離可能な世界》、《分離不可能な世界》、《魂の世界》、《こころの世界》、《ことばの世界》、《ものの世界》、《逆説の世界》、《貪欲の世界》、《虚栄の世界》、《繁栄の世界》、《破産の世界》、《混乱の世界》、《嘲りの世界》、《不思議な世界》、《孤独な世界》、《憎しみの世界》、《苦しみの世界》、《悲しみの世界》、《どん底の世界》…およそありとあらゆる《世界》へお前を曳っぱってゆく。そしてお前も一緒にそれらすべてを《体験》するのじゃ! 厭なこと、恥ずかしいことも経験しなければならない。しかし、お前はそれらすべての世界を体験することが許されているのじゃ。しかし、よいか、《幸福の世界》は許されていない。お前がすでに幸福な《魂》だからなのじゃ。いいか、世界には、宇宙には、積極的に《存在》するものは何もない! そうじゃ、何もない…ということが分かればよいのじゃ。じゃが、いいか、問題はどのようにして《何もない!》ということが分かるかなのじゃ。どんな《学者》が言ったって、どんな《偉い人間》が言ったって、どんな《金持ち》が言ったって、どんな《宗教家》が言ったって、そのような人間の言うことをそのまま信じてはならぬ! 必ず自分で確め、苦しみの人生を歩みながら、《何もない!》という宇宙の《奥義》を発見するがいい。これは《発見》なのじゃ! ひとりひとりが必ずゼロから出発して、この偉大なる《真理》を発見するのじゃ。かの《不幸な子供たち》の魂も実は人間の目には《不幸》に見えるが、やはりこの偉大なる宇宙の《真理》を発見するために一歩一歩おのれの道を歩んでいるのじゃ。よいか、大事なことは《結論》ではなく、その《結論》に到るまでの一歩一歩の真剣な《戦い》なのじゃ。だから、《小さなこと》にも《命》を賭けることだ! 瞬間、瞬間、一日、一日、一回、一回、ようく考えながら生きて行くんじゃ。どんな《恐ろしい》ことがあっても、どんな《悲しい》ことがあっても、どんな《辛い》ことがあっても、決して諦めないで凝っと辛抱するのじゃ。決して焦ることはない。かの大いなる方はすべて温かく見守っていてくださるからな。よいか、息子よ! 《人間がどこからきて、どこへ行くか…》それはお前が自分で自分だけの答えを出すために用意されたお前だけの《問い》なのじゃ…」


              ……………………


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第一章 回想
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一  存在の奥義 前半
一  存在の奥義 後半
二   魂の食事
三  出会い 前半
三  出会い 後半
四  変化の兆し 前半
四  変化の兆し 後半
五  世界認識
六  なつかしい人々
七  離別への決意
八  自問自答
九  分厚い封書
十  反逆者の内面
十一 宗教談義
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本格小説
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■ 『異常なる感性』
第一章 回想
第二章 饗宴
第三章 Ωの輝き

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論文集
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■ 『信のたわむれ』 
■ 『知のたわむれ』
■ 『覚のたわむれ』
■ 『現代のたわむれ』

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関連作品:
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■ 『拝啓 小学生の皆さんへ』
■ 『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』
■ 『インターネットで見た光景』


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関連記事:
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『モツニ自らを語る(その2)』
『モツニ自らを語る(その1)』
『Ωの輝き』 《解説(その2)》
『Ωの輝き』 《解説(その1)』
「産経新聞はアホや」について
「産経新聞はアホや」(つづき)
『一即一切』について
『色即是空』について
「価値なき神」の哲学日記 bQ09について

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関連ブログ:
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(世相、時事、哲学、宗教、政治、経済、その他)
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
実際にこのような体験を直接したわけではありません。つまり、”夢”でこのような老人と出会ったとか、”幻想”でこのような体験をした…というようなことは一切ありません。当然ながら、この部分はすべて“創作”であります。しかし、このような”創作”が可能となるためには、少なくとも自分の幼少のころから現在の自分(56才)に至るこの瞬間までの実にこれだけの歳月を掛けた”人生”そのものに対する問い、”生命”そのものに対する問い、”生”そのものに対する問い、”死”そのものに対する問い…といったものがなければ決して生まれることはありません。つまり、作品のこの部分は実際の”誠一”の人生観そのものの反映なのです!(つまり、このモツニという人間の)
モツニ
2005/12/03 06:11
つまり、ある人間は”生まれる”前にすでに”哲学者”として規定されている…というようなことを暗黙に意味しているのです。ですから、ここでの老人の役割は少年を導くといったようなことではなく、少年が自分で自分の”運命”に出会ってゆきながら、その”運命”の”意味”を自分で”解釈”できるようにすることを示唆しているのです。それが、”《人間がどこからきて、どこへ行くか…》それはお前が自分で自分だけの答えを出すために用意されたお前だけの《問い》なのじゃ…」”という老人の答えでもある訳です。
モツニ
2005/12/03 06:16
前半でもコメントしましたが、
《右の世界》、《左の世界》、《上の世界》、《下の世界》、《内の世界》、《外の世界》、《遠くの世界》、《近くの世界》、《連続の世界》、《非連続の世界》、《連結の世界》、《非連結の世界》、《分離可能な世界》、《分離不可能な世界》、《魂の世界》、《こころの世界》、《ことばの世界》、《ものの世界》、《逆説の世界》、《貪欲の世界》、《虚栄の世界》、《繁栄の世界》、《破産の世界》、《混乱の世界》、《嘲りの世界》、《不思議な世界》、《孤独な世界》、《憎しみの世界》、《苦しみの世界》、《悲しみの世界》、《どん底の世界》…といった項目は作品の他の部分で必ず”テーマ”あるいは”モチーフ”として展開されます。多くのテーマは第V部の”地獄編 ”での展開になる予定です。
モツニ
2005/12/03 06:19
この作品が書かれたのは20年前ですが、その当時から比べ現在の諸々の世界の動きを鑑みても、作品としてまったく陳腐化していないのは、作品そのものが時間的なものではなく”永遠”そのものに焦点を当てて創作しているからです。その当時は9・11テロのようなものは存在していませんでしたが、現実にそのような《おぞましいこと》が発生しています。まさしく、この作品で展開されているあの特殊な《子供たち》の姿ではありませんか! つまり、テロで両親を失ってしまった子供たち、あるいは《イラク戦争》、《アフガン戦争》に直接あるいは間接に巻き込まれているすべての《子供たち》、あるいは世界のあちこちの場所で報道こそされませんが、実に驚くべき《おぞましい》ことが実際に幼い《子供たち》に襲いかかっている現実がある! ということなのです。
モツニ
2005/12/03 06:28
このようなことが洞察できたのは、もちろん、ニーチェとかキルケゴールの影響が大きいのですが、それにも増して、田川建三氏の一連の著作、つまり、『イエスという男』、『立ちつくす思想』、『批判的主体の形成』、『歴史的類比の思想』、『マルコによる福音書 上』の触発が大きいのです。
モツニ
2005/12/03 06:32
また、聡明なる読者の方は既にお気づきかと思われますが、作品のこの部分で幼い誠一が望んでいたことの一部は第三章の”Ωの輝き”でかなりの満足度をもって実現されていることが確認されるでしょう。ただし、あくまでも、”天上編”といった射程の範囲内でではありますが。つまり、本作品の第T部の天上編では”精神分裂病”の詳細な展開はことごとく除外されている…ということを念頭においていただければそれで結構です。
モツニ
2005/12/03 06:38

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