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zoom RSS 『モツニ自らを語る(その2)』

<<   作成日時 : 2005/11/30 09:48   >>

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本来、この一連の『哲学日記』の正式なログインコードは”msaicc”なのですが、たまたま”モツニ”というペンネームがコード名に定着してしまいました。その理由は、例の『価値なき神の哲学日記』との出会いによるものです。つまり、あの『…なき神の哲学日記』の著者との遣り取りの経緯(いきさつ)の関係で、《なんでもかんでも一緒くたににした思想…といったような意味合いで”モツニ”、”モツの煮込み”というようなことが言われ、結局、モツの煮込み風の哲学である…というような意味で、モツニ哲学、モツニ哲学者というように名乗っているわけです。

さて、では、msaiccの由来は…と言えば、”株式会社アイ・シー・シーのよしだまさじ”というところからきたのです。1988年8月8日に私、モツニは翻訳会社(=ドキュメント会社)アイ・シー・シーを設立しました。このアイ・シー・シーの由来は”International Coordinators and Consultants"の略であり、天下の”International Business Machins"を倣ったものです。その、コーディネータのことですが、今では”コーディネータ”という単語は市民権を得ていろいろな言葉として使われていますが、当時、約20年ぐらい前はテクニカル・コーディネータの意味が中心で、その意味はテクニカル・ライター、テクニカル・エディタと並んで、翻訳者、編集者との調整役をこなすことのできる特殊な能力をもつ専門家…といった意味あいがあったのです。

1988年はバブル崩壊の直前の年でした、そして、それから20年の2005年、意味合いは多少違いますが、やはりある意味で”新規バブル元年”とでも言ったらいいのでしょうか、そのような様相を呈してきた昨今の日本の現状ですが、これからどうなることか、興味津々ではありましょう。また、そのことについても、ときどきコメントをしてゆくつもりですから。

いずれにしましても、このウェブリの『哲学日記』の立上げから5ヶ月近く経ってから、ようやく、普通のブログのように、このような”日記風の記事”も展開させていただくことができるようになりました。

まあ、ぶっちゃけ、いろいろな”ブログ”の風景を垣間見させていただきました。そして、それぞれ、いろいろ思うところはございました。けれど、はっきり申し上げて、”ニーチェ”、”キルケゴール”、”フッサール”、”ハイデッガー”、”ドストエフスキー”、”ダンテ”、”シェークスピア”…といったひとびとと”肩”を並べられるだけの力量をもったような人物はまだ出現していない…という実感は否定できませんでした。

別にそのこと云々がどういうこでもありませんが、人類そのものの”存亡”そのものが関っているような時代にあって、やはり、出現してほしい”ブロガー”のレベルとしては”イエス”あるいは”釈迦”といったレベルにまではならなくとも、少なくとも上に挙げたような天才たちのレベルには最低限到達してもらいたいような、そんな希望はありますよ。でも、それもある意味で”ないもの強請り”なのかも知れませんね。

それじゃあ、このモツニが”ニーチェ”、”キルケゴール”そして”ハイデッガー”のレベルを完全にクリアしなければならないではないか!…というような意気込みはありますよ! ですから、このブログのお客様には少なくとも、最低限度の知的水準は要求するようにしてあります! で、実際にコメントあるいはトラックバックの反応をみるにつけ、私の目論みは”成功”しているようです。

つまり、バカのバカによるバカなコメントのたわわな《非在的(=一時的、=時間的な、=そのときだけの、=旬のときだけの、=だんご3参兄弟的、=泳げタイヤキくん的、=ベストセラー的》な繁栄といような最悪の状態にはなっていないことがそのひとつに挙げられるからです!

そこのところは、読者も心得ているとお見うけしておりますし、当然のことでありましょう。

別に、ハードルを高くしている訳でもありませんし、その積もりもありませんが、そもそもこのブログを立ち上げたその主旨そのものが、滅び行く99.99%の純粋バカを相手にしているのではなく、これからの本来の人類のあるべき”姿”について真剣に考察しようとしているごく限られた、極めて少数の”まともな”ひとびとをその読者として考慮しているからなのです。このことは、ニーチェの著作のすべてにおいても”然り”であり、またキルケゴールの特に『反復』、『あれかこれか』、『哲学的断片』といった作品において、そのことが触れてあります。

ちょっと、話が変わりますが、例の《いじめ》の問題に関する著作で話題になった《大平さん》について言えば、彼女の本がある意味で《ベストセラー》という最悪のパターンになってしまったことに非常に《フモール》ではなく《アイロニー》を感じてしまっているのが、このモツニです。

どういうことか…と言いますと、せっかく”苦労”して《いじめ》という超難問を克服してきたのに、その”彼女”の出版のほんとうの”主旨”、”気持”というものを全く理解できていない何万人、何十万人、という読者がすべてである…というようなところまで”彼女”を追い込んでしまった平均的純粋バカである日本人の”質”にあらためて、”フモール”をかなり超越した”軽蔑”のようなものを感じているのが、現在の日本人に対するモツニの率直な感触なのです!

ぶっちゃけ、1億2千万人の日本人のうち、ほんとうの意味で人間らしい人間がどのくらいいるか…と問えば、たぶん1000人ぐらいかもしれないし、せいぜい1万人ぐらかもしれませんが、絶対にそれ以上は多くない…といったような非常に傲慢なところがあるかもしれませんが、その理由は、別に、私自身がそのような人間らしい人間である…というようなそういう観点には立っていませんよ…というのが、あの《饗宴》におけるモツニ流の《フモール》すなわち、《無信仰の信仰》なのです!

※ そういう訳で、これからも、ご指導の程、宜しくお願申し上げます。

    平成17年11月30日(水曜日)
                          哲学者 モツニ


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内 容 ニックネーム/日時
私は”意味論的空間トポロジー”という全くの新しい学問を創出してしまいました。この学問は数学の”空間トポロジー”とソシュールの言語学が統合されたような学問です。ですから、数学であり、かつ、同時に”記号学”でもあるようなそのような学問なのです。勿論、わかるひとには”わかる”のですが、数学と記号学の両方を同時にその極限まで追求したような学問であるため、数学だけの素養ひとも、言語学あるいは記号学だけの素養のひとでも駄目なのです。数学がわかり、かつ、同時に記号学が”ソシュール”のレベルでわかり、かつ、AIおよび神経科学について長尾真先生ぐらいのレベルの薀蓄がなければならないのです。巷で騒いでいる”茂木健一郎”といった純粋バカのレベルでは駄目なのです!
モツニ
2005/11/30 21:56
私の個人的な希望としては、もちろん、長尾真先生かあるいはそれ以上のレベルの先生に、私の”意味論的空間トポロジー”の内容をお知らせしてもかまわないと思っているのですが、なかなかそういう人物が登場してきませんので、しかたたなく、時期が来るまで待機しているしか選択肢がありません。いずれにしても、この新しい学門の価値はアインシュタインの”一般相対性理論”の1000倍あるいは10000倍以上の価値がある、人類を全くの新しい”次元”に送りこむだけのインパクトがある”学門なのです”!。
モツニ
2005/11/30 22:00
しかし、この”意味論的空間トポロジー”が実際に人類によって受け入れられる…ということは、必然的に”人工人間”とくに”人工戦士”といったような極めて厄介な”もの”を必ず人類は生み出してしまうであろうことは”小学生”でもわかることではありませんか!
モツニ
2005/11/30 22:03
ですから、そのような”最悪”の事態にならないためにも、『異常なる感性』および『信のたわむれ』、『知のたわむれ』、『現代のたわむれ』といったような一連の著作物をセットでリリースしようとしているのです。このことによって、少なくとも、人間が人工知能システムを開発することが仮に可能であったとしても、それと同時に人間は”倫理的な責任から逃れることが絶対にできない!”ということを”基本的な宣言”として人工知能の誕生に先だって、平和宣言ではありませんが、人工知能システムの”倫理規定”といったことは絶対に欠落させてはならないことを銘記させるためにも”絶対に”必要なことなのです
モツニ
2005/11/30 22:09
私は二度にわたって”生きる”か”死ぬか”の境目を”いったりきたり”してまいりました。正直申し上げて、”臨死体験”はしませんでした。しかしながら、臨死体験以上に、ダンテのあの『神曲』の意味合いが、”フィクション”というより限りなく現実に近いイメージの”ノンフィクション”といったように今の私は捉えているのです。
モツニ
2005/11/30 22:13
だからこそ、億万長者に十分になれるのにならないのは、それがあるからなのです。わかりますよね。ビルゲイツのように”億万長者”になることはそれほど”難しいことではありません!。けれど、彼がほんとうの意味で”天国”へ行けるか…?といえば極めて疑問でありますし、私の私見では間違いなく”地獄”へ落ちてゆくような”魂”であると”洞察”しています。なぜなら、ビルゲイツの生み出したお金だけでベトナム戦争の1回分ぐらいの戦費を賄っている…というのは周知の事実だからです。つまり、何が言いたいかといえば、間接的ではあるかもしれないが、戦争そのものに大きく荷担しているのですよ…ということなのです。
モツニ
2005/11/30 22:18
話を戻し、このようなブログを展開する…ということは、ある意味で例外的なことではあります。しかし、別の意味では十分に価値あること、意味あることであると認識しております。というのも、遅かれ早かれ”人間”は”人工知能”を生み出すに決まっているからです! ですから、問題は誰がそのことに”先鞭”をつけたか…ということではなく、そのように”人類”が新たな”一歩”を進めてしまった”暁”には、誰がどのように”そのことの”責任をとることができるのか…、そのようなことを真剣に議論してもらいたいからこそ、私、こと、モツニはこのようなスタイルで”ブログ”を発信しているのです。自慢させていただきますが、巷の”ブログ”の”1億倍”以上の価値を人類に齎すためにこのブログを発信していることだけはご理解していただきたい…と思っております。
モツニ
2005/11/30 22:26
ただ、一般的なお客様としては、すべての方がこのブログに接近してくださって全く問題ありませんし、何も”空間トポロジー”とか”ソシュール”とか、あるいは”ニーチェ”、”キルケゴール”、”ハイデッガー”といった一連の哲学者たちのことがわからなければ駄目ですよ…云々といったようなことは申しあげるつもりはございませんので、そこのところをお間違えになさらないようにしていただければ、無意味な”誤解”あるいは”行き違い”といったことは避けられるのではないか…というのがモツニの見解であります。そういう訳で、どうか、これから発信してゆく諸々の作品にご期待ください!
モツニ
2005/11/30 22:36

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