哲学日記

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zoom RSS 「もう女、要らん」について

<<   作成日時 : 2005/10/02 17:56   >>

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もう女、要らん」について
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昨夕、カラオケバスツアーから帰ってきて、いま目覚めてパソコンに向かったところです。このCafeに書いた文の校正が、去年(2004年)9月に入っているのですが、9月に書いたものもスッバラシイ。読み返して自分自身、感動の連続、もう女、要らん。

※ この引用箇所は全体の一部です、引用元の全文をお読みになってからここに展開されているコメントをご覧になってください。”価値なき神”の哲学者と”モツニ哲学者”がどのように”対話しているか”その香りの一部、その雰囲気を感じていただければそれで結構です。

それでは、コメント、スタート:

お帰りなさい!
ぼちぼちコメント入れさせてもらっています。繰返しますが、わたしの趣旨は”おべっか”でも、”諂い”でも、”いちゃもん”でも、”ちゃちゃ”でも、”嫉み”でも、”貶し”でもありません! 

”対話”なのです!

そもそも”哲学”の本質は”対話”なのです。
(あっ、失礼、また講釈調になっちゃって…)

つまり、対話、”diarective”、いわゆる”弁証法”なのですね。

あの有名なプラトンの”対話編”はある意味でマスタベーションみたいなところがあると思いませんか。なぜなら、ソクラテスというひとつの”理想型”を”出汁(だし)”に、哲学的アイロニーを展開しているのですが、そこの無数鏤められているのは何と”詭弁”そのものだからです。

でも、考えてみれば”哲学的思索”と”哲学的詭弁”とは限りなく接近していることも事実ですよね。

で、わたしがここで言いたいことは、”価値なき神の哲学者”であるあなたと”モツニ哲学者”のわたしとが、”哲学的”レベルで対話したいのであって、”詭弁的”レベルでの不毛な相互応酬だけは避けたい…ということなのです。

※ 性欲について:男性でも女性でも栄養を摂り過ぎるとそのはけ口として当然”ホルモンの出口”のことが問題になります。その反対に、入り口として十分抑制のされた栄養摂取が成功すると、無意味な発情は回避できます。ただ、このようなことができるのは”予定調和説”ではありませんが”予め”選ばれた人間にしか赦されていないのですが…(あっ、ごめん、また説教調になってしまいました…)

断食まではゆかなくても、それに近い状態を保つことによって、精神は非常にアラート(=覚醒)な状態にあり、かつ、性欲的には非常にコントロールが行き届いた状態になるという昔から証明されてきた事実があります。

要するに、ドパーミンの生成とその受容器との関係になっているのです。脳内ホルモンと性欲、および創造力の関係がそのことを示しています。創造とは”性欲”の更に昇華したものであるということも、フロイトのリビドー論をまつまでもなく、昔から確認されてきたことです。

わたくし、6ヶ月の無収入の生活で、ある程度の摂生生活の意味が”身躰”で理解できるようになってしまいました。

以上

投稿 msa | 2005年10月 2日 午前 08時52分

あなたの、「価値なき神の哲学」のNo.1およびNo.2について、その感想をごく一部を私のウェブリブログに書き込みました。まだ、本格的な分析にまではいたっていませんので、ご諒承くださいませ。

以上

投稿 msa | 2005年10月 2日 午前 08時59分

かねてより校正作業は、ただ校正するだけでなく、私の哲学の価値、私がそれをなすために生まれてきたものたりうるか、を、再々々々・・・発見したかったのだ。
//////////////////////////////////////
■ To inform
■ To explain
■ To persuade
■ To move
■ To motivate
  
● 情報を伝えるレベルの編集技術
● 情報を説明するレベルの編集技術
● 伝えたいことを説得するレベルの編集技術
● 実際に感動させるレベルの編集技術
● 感動させた後、やる気にさせるレベルの編集技術
//////////////////////////////////////

うつ病から株式会社ICC(ドキュメント会社)を立ち上げるまで(1981〜1988)、いろいろなバイトを経て、技術翻訳、テクニカル・ライティング、テクニカル・コーディネーションといったことがらに従事してきました。

要するに、技術内容をどのように正確、かつ効果的に相手に伝達するかっていうことですが、でも、これって、コピーライター、詩人、小説家、随筆家、新聞記者、雑誌編集者といったひとびとにも共通して要求されることがらですよね。 

そういうことで、またまたお説教じみたコメントになってしまいましたが、戦略的校正、賢い校正、賢い構成、賢い編集、…頑張ってください。

一見すると、執筆、創作、著作、生み出し、書き出し…といったことがら、すなわち、今風にいえばコンテンツ(=内容)だけが重要視されがちですが、なんと、地味な”校正”、”編集”、”デザイン”、”レイアウト”…といったことがらも実は非常に重要な要素ではあります。

なぜなら、これらの要素によって一般の読者を獲得できるか否かが決定されてしまうからです。

以上、テクニカル・ライティングのお話でした。
ご参考までに。

細かいことにもうるさいモツニより (msa)


投稿 msa | 2005年10月 2日 午後 04時57分

インスピレーションが与えられ、
最初の原稿が生まれ、
更につぎつぎと、いまだ、
かつてないような、
新しいアイディアが生まれ、
その一連のアイディアに
”起”、”承”、”転”、”結”が
見えない”手”で配置され、
一連の執筆作業が収束する…

しかし、それはまだまだ仕事としては
はじまったばかりの段階だ。
全体構成、ページ校正、デザイン&レイアウト、
くくりつけ、まとめあげ、見だし、キーワード、
参照ツール、検索ツール、目次、インデックス、索引、
そういった一連のドキュメントとしての工夫が
要求されるのだ。

そして、何よりも、現在は”ブログ”の時代。
ブログの命は言わずと知れた、
”コメントの質と量”、それに”相互引用”の多様性、
多重性、多層性、多相性、普遍性、耐久性…
といったことがらが”決定的に”差を生み出すのだ。

いわゆる、
”読んでもらえるブログ”、
”注目されるブログ”、
”ネタが割れないブログ”、
”飽きないブログ”、
”鋭いブログ(洞察が)”、
”深いブログ(内容が)”、
”広いブログ(射程が)”、
”高いブログ(意識が)”
要するに、向こう100年、1000年といった
スパンでの耐久に耐え得るブログ、
そのようなブログ、
”価値なき神の哲学日記”、
このかけがえのないブログ、
これはそのようなブログで
あってほしいのだ! 
いえいっ!


投稿 msa | 2005年10月 2日 午後 05時22分

あなたは、”価値なき神の哲学日記”を書くために
この世の中に生まれてきたようなそんな気がします。
ちょうど、マルコが”マルコの福音書”を書いたように。
ニーチェがxxxを書いたように、ゴッホがxxxを描いた
ように。バッハがxxxを作曲したように。

たぶん、このようなブログはあなたがはじめてでしょう。
もちろん、これからは別ですが…。

そういう訳で、わたしは陰でバックアップするために駆り出された人間であると判断しているところです。というのも、私の使命はまた別のところにあることを”直感”で、
というかこれまでのもろもろの経緯(いきさつ)で知っているからであります。

以上

※ このようにブーメランコメントを編集していると、”何でも修正できてしまうことに、多少戸惑いも隠せません。要するに、”オーウェル型情報改竄”がいとも簡単に可能であるというこのことなのです。
現在はまだ大丈夫ですが、今後当局によるブログの閲覧っといったことがある意味で必然的に現れてくるに違いない…と思っているからです。

以上

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