哲学日記

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zoom RSS 『信のたわむれ』 《反ロゴス空間》:前半

<<   作成日時 : 2005/10/29 18:34   >>

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二 反ロゴス空間(=物質空間)

 《ロゴス空間》の説明では、アメリカ、第三国、日本、イスラム諸国、キリスト教諸国(=ヨーロッパ諸国)という具体的な国家を導入し、それらの国の国家理念を《ロゴス(=キリスト教空間)》あるいは《ロゴス空間》として抽象化して捉え、《ロゴス》の《ロゴス性》はどのような《帰結》をもたらすか、その簡単な構造を素描してみた。しかし、この《反ロゴス空間》ではすべての国が実際には《無神論国家(=自然科学を基盤として”信仰”する)》としてすでに《展開》している現実を考慮して、《反ロゴス空間(=無神論空間、=唯物論空間、=物質空間、=もの空間)》ではどのようなことが《問題(=課題、=懸案、=案件、=ネック、=ボトルネック、=特異点…)》になっているのか…といういわゆる《現代問題》について非常に高度に抽象化した《鳥瞰的》、《俯瞰的》な展望(=洞察、=超越的洞察、超越論的洞察…)に立って考察してみたい。

 なるほど、《ロゴス(=キリスト教理念)》空間の内部から生まれたのではあるが、デカルト、カント、ニュートン、ライプニッツなどにはじまった多くの卓越した一連のひとびとは、《基盤》である《西洋形而上学(=西洋哲学、=論理学)》すなわち《ロゴスの学》を基に、《自然科学》という新しい《解析機械(=解析装置、分析機械…)》を人類にもたらしてくれた。この《装置》すなわち《自然科学(=西洋形而上学)》が人類に対して貢献してくれた数限りない《恩恵》を忘れたり無視するようなことは何人といえども許されないであろう。多くの《公害》、多くの《戦争》、多くの悲惨な《事故》、多くの《社会問題》をもたらしてきたのも事実であるが、この《自然科学》という《信仰》は少なくとも現在の段階では大部分のひとびとに承認されている。また、この《信仰》は他の殆どの《宗教》とよく馴染んでいることもまた事実である。《湾岸戦争(=第一次イラク戦争)》を思い出して頂きたい。あの戦争は双方が自分たちの用いることができるほとんど全ての《自然科学(情報処理科学を含め)》の力を出し合って戦った戦争であった。その帰結の云々は措くとして、あの戦争によって《現代社会》そのものが抱えている多くの《問題(=偽善、=欺瞞、=隠蔽、=抑圧、=搾取、=石油資源問題、=人種問題、=宗教問題、=文明の対立問題…)》が再び明らかにされたのであった。超高度な《健忘症》に罹っている現代人は《あそこで》展開された問題がどのような問題であったのかほとんど完全に忘れていると思うが、やはり本論文で追求してきた《根本的な問題》であったのである。つまり、人現存在の《根源》である三つの要素、すなわち、《ロゴス(ことば)》、《反ロゴス(もの)》、《非ロゴス(こころ)》の根源的な絡み、それがあの《第一次イラク戦争》であり、今回の《9・11テロ》、《対アフガニスタン戦争》、《対イラク戦争(=第二次イラク戦争)》なのである。

 あの《湾岸戦争》そのものが《非ロゴス(=逆説、=特異点、=極限、=射影的極限、=帰納的極限、Zornの補題、=ミニ・ブラックホール、などなど)》そのものだったのである。そして、その《非ロゴス(=戦争)》そのものを生起させているまさにそのものが《ロゴス(=宗教、=原理、=原則、原理主義、=定義、=定理、=公理、=真理…)》だったのである。このようにみてくると、ほとんど《反ロゴス空間[=物質空間、唯物論空間、無神論空間、わたくし流に表現すれば”微笑のニヒリズム空間”] 》にのみ存在しているわたしたち《無知》あるいは《無能》の《無神論者》たちは、望む望まないに限らず《ロゴス》、《反ロゴス》、《非ロゴス》の複雑な絡み合いから生じる諸々の《現象(=テロ、=スーパーテロ、=偽善、=スーパー偽善、…)》から逃れられないことをあらためて認識(=洞察、=超越的洞察)すべきなのである。繰り返すが、この論文で展開を試みているのは現代社会が抱えている大きな問題を取り上げてそれについて詳細な議論を《展開》するのがその目的ではない。《反ロゴス空間》と名付けられた《物質空間》、《唯物論空間》、《無神論空間》、《ニヒリズム空間》について、この《空間》の本質的な《属性》がどのようなものなのか素描することが唯一の目的なのである。いかなる《国家》、《個人》、《文化》、《歴史》、《宗教》をとってみても純粋に《ロゴス(=ことば)》だけ、《反ロゴス(=物質)》だけ、《非ロゴス(=こころ)》だけという《存在(=存在様式、=存在構造、=エートス、=在り様)》は有り得ない。しかし、ここで《展開》したいのは、現実はたとえどの様に錯綜して混乱していようとも、《ロゴス》、《ロゴス性》、《非ロゴス》、《非ロゴス性》を極力取り除いて《反ロゴス》すなわち《もの(=物質、=文明、=文化、=政治、=経済、=社会、=技術、などすべて)》に焦点を当てて、この《空間》の本質的なことがらについて議論したいのである。

 《ロゴス空間》あるいは《非ロゴス空間》では《惰性化》ということがその《空間》の消極的な側面として捉えられていたが、その《惰性化》に相当する側面としてこの《反ロゴス空間》では《特異点(=極端な合理化、=合理化の極限、=疎外;数学的には、=Zornの補題、=超越超限帰納法、=射影的極限、=帰納的極限;精神医学的には、=分裂病;物理学的には、=ビックバン;生物学的には、=生命の起源;人工知能の分野的には、=完璧なAI;神経科学的には、=人工精神の実現など》の出現という風に捉えることができる。ただ、ここでも読者に注意していただきたいのは《自然科学》を廃絶し、かつての世界に戻れという単純な議論はまったく意味をなさないし、絶対にそのような発想をとってはならないのである。その単純な矮小化が世界の各地で《展開》されている極端に短絡化、単純化されたいわゆる《原理主義》なのである。これはイスラム系の原理主義だけでなく、キリスト教系、仏教系、ユダヤ教系などほとんどすべての宗教に内在する《本質的な問題点》なのである。

 さて、《ロゴス空間(=キリスト教空間)》および《非ロゴス空間(=仏教空間)》に共通する《惰性化》という現象に対応する現象がここでは《特異点》という惰性化とは正反対な方向で単一方向へ目掛けて驀進しているそのような《現象》として観察することができる。そこで、《物質》に関わる人間生活のすべての局面が《合理化》あるいは《超合理化》へと進んでいったとき、どのような《帰結》が予想されるのであろうか? ここでも、私は極端な《悲観論》あるいは極端な《楽観論》のいずれをもそれを拒否しなければならない。《悲観論》は過去のすべて薔薇色に輝いていた《部分》にのみ焦点を絞って議論しているだけで、過去の《悲惨》そのものをまったく考慮していないばかりでなく、いま、現在われわれに何ができるか、何をしなければならないか…という議論をまったく欠いたまま、誰にでもできる矮小化された《批判》にのみ終始し、《問題》をどのように《解決》してゆくのかその決意すら示そうとしないのはまったくの問題外である。それとは逆に、《楽観論》は《技術革命》、《情報革命》、《新産業の創出》等によって未来は限りなく輝いたものになるであろう…といった極めて単純な《幻想》に基いている。要するに《楽観論者》たちは自分たちがどれだけ地球規模で《弱者》を《搾取》、《蹂躙》、《抑制》、《抑圧》、《圧殺》、《抹殺》してきたか、その片鱗すら認識することができない、想像を絶する純粋な《馬鹿》、《白痴》、《無知》、《無能》なのである。であるがこそ、《9・11》に始まった一連の《特異点現象》の本質をまったく《洞察》することができないのである。ぶっちゃけた話、われわれが食するマックのハンバーグ1個1個、あるいは何気なく呑んでいるコカコーラ1本1本がトータルすると莫大な利益を地球レベルで生み出しているのであるが、その利益のかなりの割合が、世界で生産されている想像を絶する数の”地雷”、”ナパーム弾”、”劣化ウラン弾”…といったものを実際に生産されるために使われてきたというこの”剥き出しの”事実、これを誰も認識しようとすらしないのは、すでに《無知》の《無神論》を大きく通り越しているわれわれが実は《純粋バカ(=天然ゾンビ、=天然ジンボ)》そのものなのである。


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『信のたわむれ』 目次一覧
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第一章 対話すること
一 語ること と 沈黙すること
二 情熱のウロボロス
三 《覚》の徹底化  
四 信じること と 喰うこと (前半)  
四 信じること と 喰うこと (後半) 
五 幻想としての宗教  (前半)
五 幻想としての宗教  (後半)
第二章 分裂病者との対話
一 分裂病者とキリスト教者
二 分裂病者と覚者 (前半)
二 分裂病者と覚者 (後半)
三 分裂病者と天才)
第三章 ことば・こころ・もの
一 ことばの世界(キリスト教世界)
二 こころの世界(仏教世界)
三 ものの世界(無神論世界):前半
三 ものの世界(無神論世界):後半
第四章 ロゴス・反ロゴス・非ロゴス
一 ロゴス空間:前半
一 ロゴス空間:後半
二 反 ロゴス空間:前半
二 反 ロゴス空間:後半
三 非ロゴス空間:前半
三 非ロゴス空間:後半
第五章 衰弱する言語
一 丸山圭三郎(ソシュールの思想)
二 デカルト批判の批判
三 現代の科学者たち
第六章 さよなら

あとがき

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関連作品:
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■ 『拝啓 小学生の皆さんへ』
■ 『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』
■ 『インターネットで見た光景』
■ 『Ωの輝き』
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関連記事:
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『一即一切』について
『色即是空』について
『信のたわむれ』《ロゴス空間》:後半 
「価値なき神」の哲学日記 bQ09について

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参考文献:

『ヘラクレイトス』        ハイデッガー全集 55巻
『仏教とキリスト教』       滝沢克巳;法蔵館
『続 仏教とキリスト教》     滝沢克巳;法蔵館
『仏教とキリスト教の接点』    八木誠一;法蔵館
『久松真一著作集』        久松真一;法蔵館
『滝沢克巳著作集』        滝沢克巳;法蔵館
『人生の帰趣』          山崎弁榮;

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『マルコ福音書 上巻』      田川建三;新教出版社
『イエスという男』        田川建三;三一書房
『立ちつくす思想』        田川建三;勁草書房
『歴史的類比の思想』       田川建三;勁草書房
『批判的主体の形成』       田川建三;三一書房
『宗教とは何か』         田川建三;大和書房

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『言葉と物』           M・フーコー;新潮社 
『ソシュールの思想』       丸山圭三郎;岩波書店
『ソシュールを読む』       丸山圭三郎;岩波セミナーブックス
『沈黙するソシュール』      前田英樹; 
『偶然と必然』          J・モノー;みずず書房
『善悪の彼岸』          ニーチェ;岩波文庫
『道徳の系譜』          ニーチェ;岩波文庫

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『精神分裂病 上下』       ビンスワンガー;みすず書房
『精神分裂病』          ミンコフスキー;みすず書房
『生きられる時間 上下』     ミンコフスキー;みすず書房
『現象学的人間学』        ビンスワンガー;みすず書房
『内的時間の現象学』       フッサール;みすず書房
『自己・あいだ・時間』      木村敏;弘文堂

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『ゲーデル・エッシャ・バッハ』  ダグラス・ホフスタッター;白楊社

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『フロイド選集 (全17巻)』  フロイト;日本教文社;
特に 「自我論」、「文化論」、「芸術論」、「幻想の未来」

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