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zoom RSS 『信のたわむれ』 《分裂病者と覚者》:後半

<<   作成日時 : 2005/10/23 11:40   >>

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「どういうこと?」と青年はあらためて老人の顔を覗いた。

「西洋人の考えでは、《命》とは生まれてから死ぬまでの、しかも人間という宇宙のなかで最も愚かな生き物のその《命》のことしか頭に入っていないのじゃ。わかるか、若い方よ」と、老人は鋭い眼差しで青年に詰め寄り、更に続ける…

「若い方、クリストの福音は動物、植物、その他宇宙の無限の種類の《存在》や《命》に対してほんとうに開いているか疑ったことがあるか?」と青年に促がすが、青年は何が問題になっているか全く理解できていない様子であった。

「クリスト教の源泉が古代のユダヤ教であることは誰でも知っておる。じゃが、ユダヤ教の源泉がエジプト人モーセの思想であることを知っている人間は非常に少ない。ユダヤ人はその事実を歪曲しおるし、クリスト教の人間はそんなこと想像もすることができないのじゃ」といって一息つけ、さらにつづける。

「いいか、若いの。エジプト人モーセの思想はその源流を古代インドの思想に求めることができるのじや。わしゃ何も宗教の源泉がひとつであると言っているのではない。ユダヤ教もそれから派生したクリスト教もその源泉が古代インドのそれから始まったと言っているのではない。そうではなく、ユダヤ教とクリスト教の成立は人類の歴史という観点からみれば非常にユニークな飛躍を意味するし、非常に重要な貢献をしてきたことを認めるが、この宇宙そのものの《存在》の根源という観点から眺めれば、あたらしいものを何ひとつ加えることもなければ何ひとつ奪い去ることもしていないのじゃ。つまり、ユダヤ教もクリスト教も宇宙そのものの根源から《人間》だけに焦点を絞った、極めて矮小化された思想を展開しているだけなのじゃ…」と。

 「ヘラクレイトスが言うように、決して没することのないものは、すなわち、存在そのもの、ピュシスそのもの、ロゴスそのもの、この宇宙そのものには始めもなければ終わりもない。時間についても同様じゃ。空間は時間によってのみ生み出されるのじやが、それを知っている者は極めて少ない」と老人は畳みかける様にして青年に促がす。

「ところで、時間が何であるか知っているか?」

「いいえ、そんなこと考えたこともありません」と青年は不思議そうに応える。

「宇宙のエネルギーそのものなのじゃ。宇宙の生命そのものじゃ。じゃから、それは計測するものではない。それは、それと一緒に《生きる》ものなのじゃ」と言ってから、さらに新しい方向に青年を誘導してゆく。

「お若いの、《ことば》が何であるか知っているか?」

「いいえ、そんなこと考えたこともありません、僕は神のことしか考えたことがないんです。たとえ誰が何て言っても僕にはそれしか考えることができなのです」といって老人につづけるよう合図した。

「時間とおなじように《ことば》も宇宙の生命そのものなのじゃ。それは喋るためのものではない。それは《沈黙》することなのだ! 《ことば》、それは暗い闇、闇そのものなのだ。だが、《闇》から《ことば》が生まれる。だから、人間は《時間》と一緒に生きるように、《ことば》と一緒に生きるようになっているのじゃ」と言ってから、暫らく間を置いて、さらにこうづづけるのであった。

「《存在》とは何であるか知っているか?」

「全然わかりません。何でそんなこと関係あるんですか、僕は神のことだけが知りたいのです」といって青年はだいぶ当惑ぎみになってきたが、老人はそれを全く無視するかのように、さらに続ける。

「《それ》は人間には決して出会うものではない。と同時に、《それ》は常に人間の現前に現われているものなのじゃ。色即是空、空即是色、一即一切、一切即一…といった言表はそこの機微をどうにかして汲みとってほしい…というその現われなのじゃ。《存在》とは《空》あるいは《無》そのものとおなじことなのじゃ! よいか、《存在》とは《無》でもあるのだ! して、《無》とは《すべて》なのじゃ。よいか、《存在》とはこのように《時間》、《空間》、《もの》、《ことば》、《こころ》、《意識》、《命》といったもろもろの宇宙の原理を統合させ、ひとつの現象に創りあげているその根本原理そのものなのだ。だから、人間の命だけでなく、すべての命がその根本原理によって支配されているのじゃ。よいか、お若いの、あなたは今非常に苦しんでおられる。しかし、宇宙の命の根本原理によればあなたの《こころ》の苦しみは必ずもとの本源に復元される。それがどのようにして成就されるのか、わしにもわからん。じゃが、あなたはその修行を今、この現世でしているのじゃ。わしはクリスト教を否定も肯定もしない。蔑みもしない。その価値を評価するものではある。しかし、じゃがのう、宇宙そのものの根源はわしを含め人間の想像を遥かに超えておるのじゃ。その意味で、クリスト教から出発した自然科学の力で宇宙の根源に迫ってゆけるなら、それもよかろう。じゃが、そこで発見されることは結局かつての偉大な先覚者たちが既に発見したそれとおなじ《根源》なのだ! よいか、この大宇宙の根本原理を《神》と呼んでも、《価値なき神》と呼んでも、それはどう呼ぼうと何等さしつかえない。しかし、《それ》は一冊の聖書やコーラン、ウェーダ、バガバッド・ギータ、あるいはごみのように無数にある仏典群によって表現されているようなそのようなものとは根本的に違うものなのだ! 聖書やコーランの根本的な誤りは人間の根源と宇宙そのものの根源を同一視したことにあるのじゃ。 おなじように、仏典の解釈者のすべての誤りもそこに由来するのである。《いのち》、《ことば》、《時間》、《もの》、《こころ》、《存在》、《認識》…といったもろもろの宇宙の根源、それらはすべて遥か遥かに人間を超え、言葉を超えているのじゃ。よいか、言葉とは便利なものだ。だからこそ不便なものなのだ。便利であるということは不便である!ということと同じことなのだ。言葉に限らず、すべて価値あるものはそこに反価値が含まれている、そのことを知ることなのだ! 純粋な善もなければ純粋な悪もない。あるのは相対的な善と相対的な悪だけである。しかし、その相対的な善あるいは相対的な悪によって永遠的に裁かれることが摂理なのである。 厳しいようだが、わしはおまえの苦しみには答えてはあげられぬ。じゃが、宇宙の生命そのものがその神秘的な力を働かせておまえを本来のおまえに作り上げてゆくであろう。じゃが、結局それはおまえがおまえを創りあげることを意味しているのじゃ。おまえ以外誰もおまえを創りあげる者はいないであろう。おまえを創るのは《神》でも《クリスト》でもない! おまえだけだ! しかし、そのおまえを《存在》させているのは、《おまえ》ではなく、《おまえ》そのものを《存在》せしめている《有》そのもの、《ロゴス》そのもの、《ピュシス》そのもの、《決して没することのないもの》、すなわち《有》そのものなのである!

             …………………………

 辺りはすっかり薄暗くなっていった。しかし、青年のこころはそれとは逆になにか薄明かりが差し込んだように輝きだした。こうして青年の苦しみの巡礼の旅はまたひとつの新しい年輪をその生涯に刻みつけたのであった。


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『信のたわむれ』 目次一覧
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第一章 対話すること
一 語ること と 沈黙すること
二 情熱のウロボロス
三 《覚》の徹底化  
四 信じること と 喰うこと (前半)  
四 信じること と 喰うこと (後半) 
五 幻想としての宗教  (前半)
五 幻想としての宗教  (後半)
第二章 分裂病者との対話
一 分裂病者とキリスト教者
二 分裂病者と覚者 (前半)
二 分裂病者と覚者 (後半)
三 分裂病者と天才)
第三章 ことば・こころ・もの
一 ことばの世界(キリスト教世界)
二 こころの世界(仏教世界)
三 ものの世界(無神論世界):前半
三 ものの世界(無神論世界):後半
第四章 ロゴス・反ロゴス・非ロゴス
一 ロゴス空間:前半
一 ロゴス空間:後半
二 反 ロゴス空間:前半
二 反 ロゴス空間:後半
三 非ロゴス空間:前半
三 非ロゴス空間:後半
第五章 衰弱する言語
一 丸山圭三郎(ソシュールの思想)
二 デカルト批判の批判
三 現代の科学者たち
第六章 さよなら

あとがき
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関連作品:
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■ 『拝啓 小学生の皆さんへ』
■ 『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』
■ 『インターネットで見た光景』
■ 『Ωの輝き』
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参考文献:

『ヘラクレイトス』         ハイデッガー全集 55巻
『仏教とキリスト教』        滝沢克巳;法蔵館
『続 仏教とキリスト教》     滝沢克巳;法蔵館
『仏教とキリスト教の接点』   八木誠一;法蔵館
『久松真一著作集』        久松真一;法蔵館
『滝沢克巳著作集』        滝沢克巳;法蔵館
『人生の帰趣』           山崎弁榮;

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『マルコ福音書 上巻』     田川建三;新教出版社
『イエスという男』         田川建三;三一書房
『立ちつくす思想』        田川建三;勁草書房
『歴史的類比の思想』      田川建三;勁草書房
『批判的主体の形成』      田川建三;三一書房
『宗教とは何か』         田川建三;大和書房

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『言葉と物』           M・フーコー;新潮社 
『ソシュールの思想』      丸山圭三郎;岩波書店
『ソシュールを読む』      丸山圭三郎;岩波セミナーブックス
『沈黙するソシュール』    前田英樹; 
『偶然と必然』         J・モノー;みずず書房
『善悪の彼岸』         ニーチェ;岩波文庫
『道徳の系譜』         ニーチェ;岩波文庫

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参考文献:
『精神分裂病 上下』     ビンスワンガー;みすず書房
『精神分裂病』         ミンコフスキー;みすず書房
『生きられる時間 上下』   ミンコフスキー;みすず書房
『現象学的人間学』      ビンスワンガー;みすず書房
『内的時間の現象学』     フッサール;みすず書房
『自己・あいだ・時間』     木村敏;弘文堂

『ゲーデル・エッシャ・バッハ』 ダグラス・ホフスタッター;白楊社

『フロイド選集 (全17巻)』    フロイト;日本教文社;
特に 「自我論」、「文化論」、「芸術論」、「幻想の未来」

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