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zoom RSS 『信のたわむれ』 《信じること と 喰うこと》 前半

<<   作成日時 : 2005/10/21 20:47   >>

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四 信じること と 喰うこと

 現代思想の主流が無神論であるということは衆目の一致するところである。古代から中世、近代、現代に到るまで無神論者は存在してきたが、無神論者であるということの意味がそれぞれ古代、中世、近代、現代と変化してきたことも事実である。この論文で展開している議論は、宗教論議そのものであってその考古学でもなければその系譜学でもない。したがって、ここでは無神論者の厳密な定義はしないが、これから展開されてゆく議論の場で私が無神論者と呼ぶ無神論者たちは現代社会に充満している一般大衆を意味する無神論者たちとは根本的に異なるひとびとであることを銘記しなければならない。

 久松と滝沢での友情(=対決)の場面で《悟りの沈黙》と《無知の沈黙》を厳密に区別したが、それと同じように、《克服の無神論者》と《無知の無神論者》とを厳密に区別する。もっとはっきり言ってしまえば、マルクス、フロイト、ソシュール、ニーチェ、ジョイスといったひとびとは彼等を取り巻くあの恐るべきキリスト教の弊害のなかで悪戦苦闘して奇跡的に独自の強力な思想を築き上げてきたのだが、そのような思想を、やはりマルクス、フロイト、ソシュール、ニーチェたちが苦しんできたのとほぼ同程度の苦しみを自分自身の人生に於いて実際に体験しつつ、自分の思想として無神論思想をマスターし、かつ、神は存在しない!…という立場をとる人間のことをいう。また、久松などのように本来の伝統的な無神論の宗教、すなわち禅仏教、インド思想などから学んだ一連の系譜の人間たちをも含む。

 さて、信仰者滝沢克巳は無神論者田川建三にこう訊ねる。

「あなたは、あの労作『イエスという男』のなかで、実に粘り強くあそこであの当時何が発生したのかできるだけ正確な歴史的復元をめざしているが、そもそも歴史とは何なのか? 何をもって歴史的事実と宣言するのか? あなたは歴史をも支配している根源的な原理《不可分・不可同・不可逆》をどうして見ようとしないのか……」と。

これに対して、田川は久松のように沈黙をもって答えるというようなことはしない。しかし、また、八木のように百万の単語を用いて際限のない議論を展開するようなこともしない。田川は一言こう答える。

「先生、あなたの《不可分・不可同・不可逆》の原点理論は確かに筋が通っている。しかも内容もあることは認めましょう。しかし、あなたが原点、原点と繰り返すその原理、すなわち《不可分・不可同・不可逆》を可能にしているもっと根源的な原点を教えましょうか。それは《喰えている》ということではないか。あなたは自分が《喰ってゆけない…》という状況にほんとうに陥ったことがあるのだろうか? あなたの原理が理論として成立し得ることは認めましょう。しかし、私はこう言います。あなたの原理は実践の《観念論》に過ぎない……。ところで、喰えない人間たちがそれでもなんとか喰ってゆこうとするとき何が起こるか、あなたは本当に彼等の立場に立つことができるのでしょうか? …」

 このようにして、信仰者滝沢と無神論者田川は対決(=対峙)する。滝沢は喰うことよりももっと根源的な原理を立て、そこから喰うことを含め人間存在の根本をみてゆこうとする。すなわち、滝沢は自分の《不可分・不可同・不可逆》のその原理が、政治、経済、社会、文化、道徳、階級闘争など諸々の社会生活の現象全体を根底から貫いている…と主張する。

 一方、田川は滝沢の主張が根本から逆であると主張する。《不可分・不可同・不可逆》の根本原理があるか否かを問う以前に、人間はまず喰ってゆかなければならない! そのためには、最低限の治安の安定は必要であるし、最低限の経済的必要、つまり、《衣》、《食》、《住》は満たされなければならない…。更に田川はつづける、二千年前のパレスチナのあの地域で実際に起こったことが、今のパレスチナのあの地域で実際に起こっているではないか。あるいは、アフガニスタンやイラクなどの中東で、あるいは、現代におけるアフリカの多くの地域で、あるいは、その他、自分たちがおかれているこの地球上のあちこちで現実に何が起こっているかといえば、《不可分・不可同・不可逆》の原理が働いているとはとても思えないような現実だけではないか!…と。

 それに対し、滝沢は反論する。それらすべての原因は《不可分・不可同・不可逆》すなわち本来あるべき神と人間との正しい関係が損なわれてきたそのような現実が根本にあるからだ!…と。

 こうして、滝沢と田川との対決は八木と滝沢との対決とは非常に対照的に、互いに百八十度異なる立場に対峙し、それぞれおのれの立場を主張しつつ、つまり、有神論と無神論、観念論と実践論、《不可分・不可同・不可逆》と《史的唯物論》の対決となる。

 この議論は、ある意味で人類のもっとも典型的なあの議論と本質的に同じである。言い換えれば、物質が精神に先立つのか、精神が物質に先立つのかというおなじみの議論に還元される。われわれ人間は物質であると同時に精神であるから、事実上どちらを優先させてもなかなかうまく説明がつかないのである。

 ここでもあのウロボロスが顔を覗かせる。あそこで問題になったのは、観念論と経験論ではなく、観念論の内部での仏教とキリスト教の違いについての《即非》性の一点のみに議論が集中したのである。つまり、滝沢と久松の場合でも、滝沢と八木の場合でも、あそこでは人間がどのように実存へと企投が決定されるのか、決定されなければならないのか、その決定の徹底性のみが問題であった。つまり、《どのような》飛躍をすれば、あるいは《どのように》飛躍すれば、特定の《覚》から、《本覚》への根本的な飛躍が可能なのかという議論であった。

 ところが、ここで議論されているのはあの議論とは別の意味で根本的な議論が展開されているのである。つまり、《不可分・不可同・不可逆》の根本原理は幻想か否かという根本的な議論である。この論文にその議論の詳細な展開を論述すれば際限もなく西洋文明の全てを横断する膨大な系譜学、すなわち膨大な《知の考古学》になってしまい、結局収拾がつかなくなってしまう。
 
 そこで、私は、マルクス、ソシュール、フロイト、ニーチェの思想の根本的なところからこの議論に必要な部分のみを選んで、田川の立場と滝沢の立場の違いについて論じてみたい。ここで読者にまたお願いしたいことがある。私が最初からマルクス、ソシュール、フロイト、ニーチェの立場に立ってこの議論を誘導してゆくのではないかという危惧を与えることである。

 しかし、最初の章からこの章まで私は有神論のなかでのみ議論を展開してきたのではあるが、注意深い読者はこれまでの議論で私が極めて中立的な立場に立って議論を処理してきたことを認めてくれるに違いないと思っている。いずれにしても、わたし自身は少なくともこの論文の議論の中では、できるだけ中立な立場をとるよう最大限の配慮を払うつもりである。ただ、現実にどこまでその中立性が保てるか、正直いってそれを約束することはできない。


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『信のたわむれ』 目次一覧
第一章 対話すること
一 語ること と 沈黙すること
二 情熱のウロボロス
三 《覚》の徹底化  
四 信じること と 喰うこと (前半)  
四 信じること と 喰うこと (後半) 
五 幻想としての宗教  (前半)
五 幻想としての宗教  (後半)
第二章 分裂病者との対話
一 分裂病者とキリスト教者
二 分裂病者と覚者 (前半)
二 分裂病者と覚者 (後半)
三 分裂病者と天才)
第三章 ことば・こころ・もの
一 ことばの世界(キリスト教世界)
二 こころの世界(仏教世界)
三 ものの世界(無神論世界):前半
三 ものの世界(無神論世界):後半
第四章 ロゴス・反ロゴス・非ロゴス
一 ロゴス空間:前半
一 ロゴス空間:後半
二 反 ロゴス空間:前半
二 反 ロゴス空間:後半
三 非ロゴス空間:前半
三 非ロゴス空間:後半
第五章 衰弱する言語
一 丸山圭三郎(ソシュールの思想)
二 デカルト批判の批判
三 現代の科学者たち
第六章 さよなら

あとがき

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関連作品:

■ 『拝啓 小学生の皆さんへ』
■ 『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』
■ 『インターネットで見た光景』
■ 『Ωの輝き』
■ 『知のたわむれ』
■ 『覚のたわむれ』
■ 『現代のたわむれ』
■ 『異常なる感性』

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参考文献:

『マルコ福音書 上巻』    田川建三;新教出版社
『イエスという男』        田川建三;三一書房
『立ちつくす思想』       田川建三;勁草書房
『歴史的類比の思想』     田川建三;勁草書房
『批判的主体の形成』     田川建三;三一書房
『宗教とは何か』        田川建三;大和書房
『言葉と物』           M・フーコー;新潮社 
『ソシュールの思想』     丸山圭三郎;岩波書店
『ソシュールを読む』     丸山圭三郎;岩波セミナーブックス
『偶然と必然』         J・モノー;みずず書房
『善悪の彼岸』        ニーチェ;岩波文庫
『道徳の系譜』        ニーチェ;岩波文庫

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