哲学日記

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zoom RSS 『モツニ哲学者、自らを語る(その1)』

<<   作成日時 : 2005/10/19 08:44   >>

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拝啓 ウェブリの『哲学日記』の読者の皆様へ:

 今年(2005年)の8月に生まれてはじめてブログをはじめてみました。別に深い理由でははありませんでしたが、たまたま私の弟がタクシーの運転手をしておりまして、その弟が”ビーネット”という超悪質な結婚詐欺に引っかかってしまい、裁判に訴えたところ、皆様ご承知のように現在の裁判システムは完全に腐りきっておりまして、裁判官は最初から全く仕事をする気などさらさらなく、しかも弁護士もまともに弁護することなく、政治家の諸先生にいたっては人権派と呼ばれている諸先生でさえ誰も弟のはなしを訊いてあげないだけでなく、事件そのものが”拉致事件”よろしく、完全に闇に葬り去られようとしていました…。

 そんなことがあったものですから、弟はどうしてもブログに入り、自分の結婚詐欺の件をなんとかして公に訴えたい…と切に願い、私にどのようなコンピュータを買ったらいいのか、パソコンの使い方はどうのこうの…、ウィンドウズXPがどうのこうの、といったことが発端となり、コンピュータの”コ”の字も知らなかった弟がとうとうブログをはじめることになりました。

 一方、昭和47年にアメリカの大学を卒業して日本に帰ってきた私はそのままコンピュータ・エンジニアとして35才ぐらいまでプログラマおよびSEをやっていましたが、その後、ドキュメンテーション、技術翻訳、テクニカルライタ、テクニカルエディタ、そしてテクニカル・コーディネータというような仕事を経験ながら1988年に株式会社アイシーシーという小さなドキュメント会社を設立しました。そのときの年齢が41才、ちょうど厄年(前厄)でもありました。

 詳細な経緯はライブドア・ブログあるいはエキサイト・ブログのプロフィールに記述しましたが、いずれにしても、弟と違って私はコンピュータのプロとしてプログラミング、システム設計、ドキュメンテーションといったことだけでなく、会社設立の後、人工知能システムの設計に深く関与していったのでした。

 つまり、ブログを実際に自分ではじめるつもりなど全くなかったこの私が、弟の”ビーネット詐欺”の件で実際には弟より自分の方がブログに”嵌まってしまった…”という次第だったのです。

 一般に、コンピュータの仕事をしている人間は自分の家ではあまりコンピュータを操作する時間を割こうとはしないものです。もちろん例外はありましょうが、だいたいそうです。で、弟のそういう不幸なことがあったものですから、それじゃひとつ、私自身が弟に代わって弟の”無念”をある程度叶えてあげなければ…との思いも含め、本格的にブログをはじめてみよう…ということになったわけです。

 もちろん、そのためだけにブログをはじめたわけではありませんが、いずれにしても”目に見えない”何らかの導きがありまして現在このようにブログ活動をかなり本格的に展開するようになっていったというわけなのです。

 それで、幸運にも、ちょうど自分がブログをはじめた時期と衆議院の解散、総選挙の時期が一致してしまったもんですから、ブログに記載することとしては本来の記載内容に加え、選挙についてのもろもろの意見とか寸評とか感想とかそういったものを展開することでブログがスタートしてしまったのです。

 会社設立の後、私は二度目の強烈なうつ病に罹り、文字どうり生きるか死ぬかの境目をさ迷いつづけました。因みに、第一回目のうつ病は31才のとき(昭和55年12月)で、野方警察の近くにあった警察庁のシステムセンター(早稲田通り沿い)に勤務していた頃でした。

 そして、二度目のうつ病が回復に向っていったちょうどそのころ、『拝啓 小学生の皆さんへ』とか『インターネットで見た光景』、あるいは『信のたわむれ』、『知のたわむれ』、『覚のたわむれ』、『現代のたわむれ』、という一連の文学作品が雨のあとのきのこのようににょきにょき出現した…というわけなのです。

 当初、ブログというのは”日記”程度のものであると勘違いしておりました。しかし、実際に自分でこのようにブログを発信していて気づくことは、自分がひょっとすると”国家権力”そのものから”狙われる…”そのような存在でもあるようなそんな感じも否定できなくなってきたのです。

 まあ、読者のみなさんに言わせれば”そんなの考え過ぎだよ…”と言われそうですが、ライブドアの記事に一連の”ブログの怖さ”について書きましたので敢えてここでは繰り返しませんが、ようするに、あの『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』の”対決”というページで暗黙に触れたように、私の決意はあそこに示されているのです! つまり、あの《いじめ》の少年のイメージは来るべき超国家の独裁者の姿でもあるのです。

 また、ライブドア・ブログで書いたことと重複しますが、(⇒”はばたき”)、残念ながら我が国は他のすべての国々と同じで、破滅の道へ向って驀進していることをこのブログでは”小説”という形態で発信してゆくことを決意したのであります。

 ぶっちゃけた話、ブログには小学生の”絵日記”タイプとパスカルやモンテーニュの”瞑想碌”、”随想碌”といったタイプの二種類しかありません。哲学XXXと呼ばれているすべてのブログはこの後者のことを本来なら意味しているのでしょうが、現実問題として、小学生の作文レベルのブログがそのほとんどである…といっても間違いないのかもしれませんが、それはそれとして、少なくとも当該ブログではできれば、”ニーチェ”、”キルケゴール”、”ソシュール”、”ハイデッガー”、”ドストエフスキー”、”ジェームス・ジョイス”、”プルースト”…といった大天才のあの”香り”をできるだけ読者の皆様へお伝えしたい…というこの気持、これだけは汲み取って頂きたかったからなのです。

 どうかこれからもご声援、宜しくおねがいします。
                                敬具   
        平成17年10月19日(水)
  
         よ し だ ま さ じ

                                     

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関連作品:
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■ 『拝啓 小学生の皆さんへ』
■ 『拝啓 頭のおかしいおじさんへ』
■ 『インターネットで見た光景』
■ 『信のたわむれ』 
■ 『Ωの輝き』 
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予告作品:
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■ 『知のたわむれ』    (論文:1200ページ)
■ 『覚のたわむれ』    (論文:1100ページ)
■ 『現代のたわむれ』  (論文:1400ぺーじ) 
■ 『異常なる感性』    (大作:全24巻:トータル24000ページ)
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