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<<   作成日時 : 2005/09/27 10:11   >>

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「価値なき神」の哲学日記」について
アウシュビッツやテロがあるからこそ、この世は合理的で、みんな公平。
全ての人の一生は、快と苦が等量(プラスマイナスゼロの意)、すなわち、無価値。神が我々の世界を厳密に支配している。神は合理的な神。仏心、鬼心あわせもつ神。
-------(引用↑)-------
これがいわゆる”価値なき神”の定義ですね。

    価値なし=無価値=プラスマイナスゼロ…

これは、ヘラクレイトスの《諸対立物調整の法則》とまったくおなじ洞察です。

《諸対立物調整の法則》

  ゆくことは帰ることと同じである…
  昇ることは下ることとおなじである…
  没することは立ち現れることに恵みを与える…
  撒くことと刈ることは同じである…
  愛することと憎むことは同じである…
       …
       …
       …
  エデンの園とアウシュビッツのガス室は同じである…
  
※コメントに答える…という形式でここの内容に代えさせていただきました。どうか、コメントをごらんください。
 

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
自爆テロ

どう解く?
答えて
2005/09/27 22:18
”答えて”さん、コメントありがとう。

さて、皆さんのように平均的な思考のみをお持ちの方々は

 ”自爆テロ”= ”悪 ”
 ”被害者” = ”善 ”

という、極めて単純な図式でしか世界認識できていないのがげんじょうです。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:06
けれども、現実はどうなっているか、その真相は誰もわからいのです。極論をいってしまえば、あの”9.11”がデキレースである…という可能性だって否定できないのです。どういうことかといえば、ブッシュとラーディンが攣るんでいたというそういう可能性だって一概に否定できない…ということなのです。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:10
まあ、その可能性はさておいて、問題は平均的な人間という場合、その平均的人間を”平均的偽善的クリスチャン”という立場の人間のことを意味するのか、それとも”虐げられてきた義憤的イスラム教徒”という立場の人間のことを意味するのか、あるいは、ノーム・チョムスキーのように”アメリカ人(=ユダヤ人)でありながら、虐げられてきた義憤的イスラム教徒の気持ちがわかる”そのような立場の人間のことを意味するのか…ということでその解釈は決定的に異なってくるのです!
モツニ哲学者
2005/09/29 03:17
一般に、思考レベルといえば幼稚園レベルにしかない平均的日本人にとって、広島・長崎の解釈、アウシュビッツの解釈、そして今回の9.11テロの解釈、あるいはイラク戦争の解釈は米国のイデオロギーに完全に毒された、極めて幼稚なレベルでの分析しかできないのが現状ではないでしょうか。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:22
さて、こんなコメントをする私は左翼なのでしょうか? いいえ、全く違います。わたしは左翼でも右翼でもその両方からともに最も遠く離れた立場を貫くことができる非常に例外的な人間なのです。なぜなら、若い頃からパスカル、モンテーニュなどと出会い。(小学校5年生のころ)、フロイト、フランクル、エーリッヒ・フロムといった一連の心理学者たちと出会い(中学、高校生のころ)
モツニ哲学者
2005/09/29 03:26
その後、聖書、キルケゴール(彼の著作集を全部読みました)、ニーチェ、ハイデッガー、フッサール、メルロポンティ、ミンコフスキー、ビンスワンガー、ミンスキー、ダグラス・ホフスタッター、ダニエル・デネット、リチャード・ドーキンス、ロジャー・ペンローズ、田川建三、丸山圭三郎、ソシュール…といったいろいろな思想家たちの著作に馴染んできたからです。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:31
要するに、”答えて”さん、もしあなたが、例えば”田川建三さん”の一連の著作、たとえば『イエスという男(第二版)』などを全部読解することができたとすれば、あの”自爆テロ”が何を意味し、どうして”神”があのようなことを赦したか…ということの意味合いがわかってくるようになることは間違いありません。同様に、ヘラクレイトス、ソシュール、丸山圭三郎の著作、例えば『文化のフェティシズム』という本を読んで理解できれば。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:37
一般に、日本人、アメリカ人、ヨーロッパ人…といったいわゆる先進工業国の人間は民主主義という極めて偽善的な平均的イデオロギーで洗脳されています。ですから、それは偽善的キリスト教のイデオロギーそのものなのです。マルクス主義、イスラム主義、その他中華人民共和国の採用している思想も”裏”を返せば、偽善的キリスト教的イデオロギーと共通しているのです。つまり、キリスト教の側も、イスラム教の側も、中国の側も実は剥き出しの”偽善”そのものなのです。そして、当然我が国日本も例外ではありえません。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:43
結論から言えば、”価値なき神”(=”すべてを洞察している神”)から世界を眺めれば、偽善的キリスト教の側も自爆テロ的イスラム原理主義者たちの側も、等しく”価値なき神”の真髄からは遠く離れている…というそのことを意味しているのです。同様に、アウシュビッツの真相もあれは神そのものが介入した…という”価値なき神の哲学者”が指摘しているまさにそのことを意味しているのです。

以上、ご参考までに。 (モツニより)
モツニ哲学者
2005/09/29 03:49
あるいは、”価値なき神”(=”すべてを洞察している神”)から世界を眺めれば、偽善的キリスト教の側も自爆テロ的イスラム原理主義者たちの側も、等しく”価値なき神”の懷(ふところ)そのものの中でのささやかな、幼稚園のピクニックでしかありえないのです!

やがて、60億の人間の99.9%がアウシュビッツ的な状況に必然的に連れてこられるでしょう。そのとき、真理を洞察できるひとの確率は1/1億ぐらいではないでしょうか。
モツニ哲学者
2005/09/29 03:56

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